9歳 国境なき医療忍者B
 わたしは自作年表(完全版)に薬師カブトについての詳細な動向は記入しなかった。
 カブトは中忍試験編で初登場するまで、そしてその後しばらく大蛇丸と木ノ葉隠れの里とで二重スパイをしている。その生活は、薬師ノノウとの相打ちを仕組まれ、ノノウが自分を覚えていなかったことで心のよりどころを失い大蛇丸の元に下ったときから始まる。しかし大蛇丸がカブトを勧誘したとき、肝心の大蛇丸が里抜け後なのか前なのか、それはどれくらいの時期なのかがわかるキーワードが会話に登場しない。(大蛇丸の里抜けタイミングも九尾事件からどれくらい後なのかが不明瞭だ)
 だからなんとなく大蛇丸の服装とかカブトの年齢とか、ノノウの二重スパイ描写の絵から読み取って、カブトの裏切りは”大蛇丸里抜けから数年後”と仮定した。今までも折に触れて、今カブトは何をしているんだろう?と考えたことはあったけど、それだけだ。根に勧誘されるほどスパイ向きの忍を探ろうとは思わなかったし、ノノウについても同様だ。


 晴天の霹靂だ。わたしは左眼を手で覆って感触を確かめながら、少し興奮して喋った。

「こんなところで会えるなんて……薬師ノノウさん、岩隠れにいることは知ってたけど…」
「誰なの?」

 硬い声だ。わたしは「東雲サエ、下忍になったばかりの木ノ葉の忍です」と答えて、コゼツを少し下がらせた。コゼツはかなりノノウを警戒している。

「こっちのはアカデミー生。わたしの……おとうと?」
「相棒って言え!」
「相棒です」
「……答えになっていないわね」

 ノノウは退路を塞ぐように立っている。

「油断したわ。完全に……ただの下忍だと思っていた」
「下忍です。根でも暗部でもない、ヒラの木ノ葉の忍です」
「どうかしら。本当は<狩人>じゃない?」

 かりゅうど?
 疑問が顔に出ていたのか、ノノウは「岩隠れの暗部の愛称」と続けた。

「……今もチームメイトがわたしを探してる。わかりますよね、根の忍なら……班員の1人はうちは一族でさっき写輪眼も使ってたし、ヨウジくんは油女一族秘伝の蟲術を使います。どれも他国の忍が偽称できるものじゃない。わたしは正真正銘、木ノ葉の忍です」

 わたしはふと森の方をみて、「襲撃の目的はなんだったんですか?」と聞いた。

「護衛対象はただの機織りの名手で、任務ランクもC級だって聞いてたんですけど」
「さあ」
「護衛対象は生きてるんですか?」

 コゼツからの情報で既に知っていたことだが、念のため聞いた。ノノウは静かに頷いた。
 しばらく無言が続き、静謐な森の音と、わたしが浅く息を繰り返すひゅぅ、ひゅぅ、という声だけが響いた。
 
「……そちらの弟さん、随分不思議な忍術を使うようだけど」

 ノノウはちらりとコゼツを見た。射るような目つきだ。

「ボクのは忍術じゃないよ〜。ちっともチャクラが練られない、アカデミー生だから!」

 コゼツはニヤッと笑った。

「アンタほんとうに強いよね?サエの中から見てたよ。本当にびっくりした」
「それはどういたしまして、あなたの気配の消し方も一流だったわ。……本当に人間ならだけど」
「ボクがなんなのかについては議論の余地がある」

 コゼツは一瞬変な風に顔をしかめて、「ハエトリソウっていう見解が最近の主流らしい。だろ、サエ」と言ってわたしを見た。

「最初はアロエだと思ったんだけどなー」
「――まだわたしの質問に答えてないみたい」

 会話を和ませようとしたがその手は通じないらしい。ノノウは一歩距離を詰めた。

「"薬師ノノウ"という人のことは、誰から聞いたの?」
「誰にも。しいていえば盗み聞き」
「それボクも聞きたい。こんな強いヤツがなんで処分されるの?」

 声を挟む間もなくコゼツが爆弾発言を落とした。こういうときって不思議と周囲の音が際立って妙に静かになるけど、この現象に名前あんのかな。
 わたしは目の包帯をめくり、中の布を触りながらため息をついた。なんて言ったらいいか……わたしもあの辺よくわかってないから「優秀過ぎたってのが理由らしい。よくしらない」と答えた。

「聞いたところによると、ダンゾウは情報を知りすぎたため処分したい根の忍、それも一際優秀な忍が二人いた。カブトとこの人。だからお互いを殺し合わせることにしたんだって」

 カブト、という言葉が出てわずかにノノウの顔が強張った。

「相打ちにならなかったときどうすんだよ?」
「ウーン……」

 どうするつもりだったんだろうな……カブトが戻ったら別の奴に始末させるつもりだったとか?でも、あのあと里に戻ったカブトは普通に生きてるんだから、それはなかったんだよね。カブトが大蛇丸のスパイだってことダンゾウは知ってたのかな?大蛇丸とダンゾウは微妙に繋がってたからありそうだな……木ノ葉崩しのことも知ってて黙ってた雰囲気あるし…。

「そこまではわからない。大蛇丸とダンゾウの関係ってちょっと……仲間ではないけど、なんていうか……ある一つのことについては間接的に協力してる感じ?だから」

 わたしは瞼の上から眼を押したり、暗部につけられた刀傷を指でなぞったりしてひとしきり弄り終わった。

「ある一つのことって?」
「ウーン………木ノ葉の……いや火影の…?なにか……」
「それっておかしくない?さっきの話じゃ、カブトってこの人の為に根に入ったんだろ?なんでもう使い捨てちゃうの?」
「ウーン……」
「薬師ノノウだってカブトのために根に出戻りしたんでしょ?いいの、こんなんで」

 コゼツは首を傾げている。

「だいたい、お互い顔見知りなら相打ち作戦なんかうまくいかなくない?も〜、ボクちっとも全容が掴めないんだけど」
「わたしも掴めてないんだって〜!なんか、ノノウさんにカブトの別人の写真を送り続けることで、本人を見ても”あっカブトだ!”ってわからないようにしてるんだって」
「フーン」

 やはりノノウは黙ったままだ。このまま”薬師ノノウという人について話している岩隠れの忍”というていを崩さないつもりらしい。
 もっと驚くと思っていたので意外だった。わたしとノノウだけなら間が持たなかっただろうな。コゼツがリアクション芸人をやってくれているのでありがたい。

「それじゃ、お互いの為に根に入って、お互いを幸せに暮らしてると思いながらお互いを暗殺しようとしてるってこと?」
「………あー、そうなるね」

 ノノウの瞳が眼鏡の奥で揺らめいている。
 しばらく無言が続いた。わたしは今になって、なぜノノウにこれを打ち明けてしまったんだろうと思った。別に何か計画があるわけじゃないし、このままノノウに治療だけしてもらえればそれでラッキーだったはず。それなのにわざわざ重大機密事項をペラペラ喋って自分の身を危険にさらしている。だって本物の薬師ノノウと、まさか会えると思わなくて……言ってみれば、好きなアーティストが偶然落とし物を届けてくれたみたいな……そんな感じのあれに近い。
 そういう興奮はたまに不合理な行動をもたらすものだ。あと、身体がまだ本調子じゃないっていうのもある。

 ノノウの目はしばらく遠くの方を見ていた。そして顔をあげて、「東雲さん、あなたは何故これを話したの?」とひそやかに尋ねた。木漏れ日が鼻筋に照らされて白く輝いている。きれいだ。

「こんな話、同じ班の人にも話しているの?」
「いえ……自分でもよくわかりません。あ!って思って……なんとなく衝動的に。助けてもらったお礼もかねて……」
「やはり忍には向かない。言ったはずですよ、”忍のチャンスは一度きり”」

 コゼツがわたしを庇うように動いて腕を握った。
 だがノノウは少し下がったところにある岩の盛り上がったところに腰を下ろした。いつの間にか、両手に纏っていた鋭利なチャクラは霧散している。

「命は一つしかない。軽率ですよ」
「命は、まあ……でもチャンスに関しては……チャンスは何度か来るって、何度かっていうか、1回ではないって思います」
「"薬師ノノウ"にこの話をするのが、なぜお礼になると思ったの?彼女にとって知らない方が幸せだと思いませんか?」
「すみません、深く考えていなくて……でもどっちかというと、”カブトにとって”良いことだと思ったのかも」
「どなたの話かはわかりませんが、耐えねばならないでしょうね」
「そうですか……大変な、仕事ですねぇ……」

 合コンで『職業は自衛官です』と聞いて、かっこいいですね、大変なお仕事ですね、と返すような雰囲気で相槌をうってしまった。だってもう他に言葉がない。大事な人を殺すことを尊く語る人に何が言えるというんだろう。

「あなたも、忍なんですよ」

 ノノウはふふ、と疲れたように笑った。彼女は笑うと頬にえくぼができるらしい。

「さっき……」
「もう話はおわりにしましょう」
「さっき!」

 すこし大きな声が出てしまった。

「さっき、子どもが犠牲になるのは耐えられないって言いましたよね。わたしだって!わたしもそうです。木ノ葉の里でこれから死ぬ沢山の人は……ノノウさんのいう、里の為に殺される人なんですよ……子どももいる。ノノウさんと皆が遵守しようとしている正しい犠牲のために」

 ひゅう、と息をついた。本調子じゃないせいですぐに息切れしてしまう。
「もっとうまいやり方があるはずだって、思いませんか……?なにか……」
「あなたは思っているみたいですね」
「思ってます。わたしは……なにか他に、もっと……だって、こんなのおかしい」

 こんな風にとりとめもなく、自分の思っていることを打ち明けたのは初めてだった。いつも思っていること、口には出さないけど心の中でずっと叫んでいること、そういうものがすらすらとよどみなく口から出てくる。なんだこれ変だぞ、もしかして変な忍術にかかってるんじゃないの?歩きの巫女流自白の術、みたいな。

「素直でいい人ですね」

 ノノウは微笑んだ。
 ふと、遠くからトンビの鳴き声がした。彼女ははっと首を伸ばして声のする方を見て、音もなく立ち上がった。
 
「それじゃあ、その、そのまま殺されるつもりなんですか?その時が来たら」
「誰しも”その時”が来ます」
「…………」

 すてきな笑顔を浮かべる彼女が、その軽やかな口で”死すべきとき”のことを語っているのはとても奇妙な気分だった。
 幼稚園の先生になることが夢で、実際卒業前にその資格をとった友人のことを思い出した。彼女は大学で始めた塾講のバイトで知り合った子で、他の人の百倍くらい他人を気遣うところが面倒くさかったけど、同時に愛おしかった。いつも何かに(それは大抵、周囲の人間関係に)ストレスをためていたが、やはり人間と、誰かと一緒にいるのが好きで……誕生日をかかさずお祝いして、人と一緒にいるときとても楽しそうに笑う人。
 ノノウが平和な世界に生まれていたらああいう人になっていたんじゃないか、とふと思った。きっと、先週も先月も行ったディズニーに来月も行くタイプだ。友だちが好きだし多いから、”人生におけるディズニー行き母数”が極端に高いやつ。
 
「きっと、幸せじゃないわけじゃないんですね」
「……ええ」

 ノノウさんが笑っているのでわたしもつられて笑った。段々分かってきたことだけど、人知れず死ぬ根の忍も、暗部も、うちは一族も、大蛇丸も、誰もかれもが傍目に見えるほど不幸じゃない。皆、覚悟の上生きているんだ。ノノウを見ていると強く感じた。
 でもユズリハを失うわたしは不幸だ。

「忘れないで。もうこんな奇跡は起こらない。次からは用心に用心を重ね、慎重に物事を見極めるように」
「はい……あの、身体が動かないんですけど」
「そのうち治るから大人しくしていなさい」
「はい。ノノウさん、助けてくれてありがとう。さようなら……」

 ノノウは栗色の髪を揺らしてわたしを一度、振り向いた。そして口布を鼻までめくって顔を隠し、とん、と地面を蹴ったと思いきやあれよあれよと軽やかに崖を上り、最後は木の枝でぐるんと回転してどこかへ飛んでいった。



 身体の経絡系を切られて関節の急所に打撃が入るというのは予想以上なダメージだった。コゼツやガンマの追跡で班の仲間がどこにいるのかわかっているのに、ただただ動けないというのが暇を強調した。コゼツとの無駄話とか、治してもらった目の状態だとかを確認して時間をつぶすこと三時間。そろそろ空が赤くなりはじめそう、というときになってやっと真上にイタチのカラスが飛んできて、しばらくして「サエ!!」と水無月の声が聞こえた。
 三人ともわたしの状況を見て、すぐ誰かがここにいたと気が付いた。わたしが持っていなかった医療用眼帯や薬湯が置いてあるし、食べ物の痕跡、なにより明らかに顔色が好転しているのを見たからだろう。ヨウジは周囲を見渡し、イタチは「無事か?なにがあった?」と聞いた。

「草原の一部に断層があって、地下洞窟に落ちたみたい」
「確かにあのあたりは地形が複雑だったが……ここは随分離れてるぞ」
「水無月先生、自力で戻れずすみません。怪我はないので大丈夫です」
「とんでもない、とにかく無事でなによりだ――サエ、動けないのか?」

 ずっと壁にもたれたままのわたしを見て水無月が気が付き、慎重に腕、足、腹を触った。いかにも無神経そうな男だと思っていたけど、子どもであっても女の子にさわるときは配慮するタイプだったらしい。

「経絡系にダメージがあるようだな」
「ヨウジ、わかるのか?」
「経絡系にのみ住み着いて人のチャクラを根こそぎ吸い取る蟲がいる。オレとは相性が悪いので育てていない。知識として少しだけならわかる」

 ヨウジがさらっと余計なことを言ったせいで水無月がうう、と顔をしかめた。

「任務はどうなったの?」
「サエには悪いがオレたちで送り届けた。オレの写輪眼でも探したが見当たらなかった……すまない」
「全然いいよ。探してくれてて安心した、見捨てられたらさすがに泣いちゃうもん」

 あはは、と笑った。泣いちゃうもんは割と本気だ。
 まだ身体が動かないので、しばらくは水無月先生がおんぶしてくれることになった。岩陰から出るとすぐそばに林があり、その向こうに見覚えのある草原が見えた。やっぱり滝の国近くの草と土国境地帯にいたらしい。

「それで、誰が治したんだ?あれだけ体調が悪かったに……目も怪我してただろう」

 イタチが聞いた。

「おお、それだよ!オレも気になってた。心配してたんだぞー、昨日からずっとフラフラでこんなときに戦闘になったらたまったもんじゃないって」

 やっぱり心配されてたらしい。正直辛すぎて記憶も飛び飛びだ。わたしは自分が部隊からはぐれてから今までの流れを軽く説明した。

「――本当に助かりました!まさか”国境なき医師団”に助けて貰えるなんて…!」
「国境なき医師団?初めて聞くな」
「?」
「………?」
「えっ、知らないんですか?国境なき医師団!国の垣根を越えて世界各国の紛争地帯や医療が行き届いていない国に訪れては人命救助や医療行為をしてくれる、有名な団体じゃないですか!」

 コゼツが頭の中で、「コイツ嘘ばっかり得意になる」と呟いている。

「どんな奴だ?額当てはどこのだった?」
「んー、額当てはしてませんでした。抜け忍かなとも思ったけどせっかく治してくれたから聞けなくて……でもほんと、気づいたら治ってて……優しそうな、すてきな女の人でした」
「女か」
「……医療忍者に女は多い。もう少し情報が欲しい」
「もしかして――そうか、綱手さまか!」

 なるほど。

「綱手さまが木ノ葉の里を出てから幾年が経つか不明だが、あの方は今も人知れず人助けをしているという噂を聞いたことある」
「綱手様……あの方がそうだったんですね…」
「………」

 うんうん、と水無月がうなずきイタチとヨウジは黙っていた。綱手は血液恐怖症で血を見ることができない、という噂もあるはずなのだが、水無月の耳には入っていないらしい。イタチとヨウジの二人は信じてないっぽいな、と思ったけど一拍遅れてイタチが「伝説の三忍か……」と呟いたのが聞こえた。
 帰り道は依頼人もいなかったので走って帰る予定だったが、わたしの体調を気遣って宿に一泊してくれた。ノノウの治療は完璧だった。里に着くころには縦に切り裂かれた刀傷はふさがり痛みもなくなった。
 どんな忍のどんなレベルの任務であっても、毎回必ず受付で任務完了報告を全員でしなければならない。里に帰ってすぐにまずそれが不安だったが、火影様はまだ大名議会に召集されていて不在にしていたので、ひとまずほっとした。
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