※ぬるい性描写アリ。


「おい、今晩行くから」


そう声をかけられるのは決まって夕食のあと。
皆がいないのを見計らってつげられる。

僕だってこんな不本意なこと、他のひとに知られたくないし、こそこそしてくれたほうがありがたいけれど、何だか少しだけ理不尽さをかんじた。

僕って我が儘だ。

今夜も鍵をあけたまま彼がやってくるのを待っている。

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お風呂からあがって、濡れた髪をドライヤーで乾かしながら、そなえつけの鏡をみつめる僕。
その顔にも、寝巻のトレーナーからのぞく首筋や身体のどこにだって、傷や痣はない。

「変なの…」

ドライヤーの音に掻き消えるくらいの小さな声でつぶやいてみたら、なんだか溜息みたいになって身体から言葉がぬけていった。


はじめて不動くんに、半ば強引に抱かれたのはだいたい一月前。あの時はひどかった。

頭から足先まで、そりゃあもう白い部分が隠れてしまうほどに痣だらけで、殴られたりひっかかれたりで痛いのか気持ちいいのか全然わからなくなって、頭のなかはぐちゃぐちゃに混乱した。
ただ、目覚めたときにはひとりの部屋で、きちんと寝巻を着て布団をかぶっていたものだから、身体に痛みが走るまでは、あれは夢だったのか、と、もっと混乱した。


あの日からだいたい週に三四回、多ければ毎日不動くんは僕の部屋にくる。だけど、あの時みたいにひどい抱きかたはしなくなった。

なにがたのしいのか細っこい僕の身体を一晩かけて抱く。
優しく優しく薄いシャボン玉の膜にふれるように抱くんだ。

それもそのはず、彼はいつも僕じゃなくて鬼道くんを抱いている。
僕を抱きながら鬼道くんを見ている。
僕も、彼が言うから仕方なくアツヤの名前をよんで、それなりに舐めてあげたり触ってあげたりする。
だってただ抱かれるなんて虚しいし、どうせなら楽しんだほうが得だと思わない?

『兄ちゃんさー、なんであいつに抱かれるんだよ。今日こそ殴ってもいい?』
(駄目。)

頭のなかでアツヤがふてくされたように言うのを聞きながら、僕は乾いた髪に櫛を通していた。


ひとしきり身なりを整えたところで背後の扉が静かにひらいた。
現れたのは、同じく風呂あがりであろう、首から黒のタオルをさげた不動くんだ。

ちゃんと綺麗にしてから来てくれる辺り、意外に律儀なんだなぁとぼんやり考えていたら、僕のうしろまで歩いてきた不動くんが口を開いた。

「よぉ。お待たせ」
「待ってないよ。」
「嘘いえ。鍵あけて待ってるくせに」

くつくつと不動くんが笑う。僕は何もかえさずに鏡ごしにその表情をながめた。
ふとその口の片端をあげた笑みが消え、大きな彼の瞳がふせられたかと思ったら、白くて少し筋肉質な腕が僕の首筋にまわってきた。

お風呂あがりの熱い腕。
僕の低い体温は、不動くんのそれから熱をうばって、しばらくしたら同じくらいになって。
どこまでが僕で どこまでが不動くんの身体かよくわからなくなった。

「また好きに呼べよ。俺も好きにするし。」
「うん」

しばらくそうしてから立ち上がり、ふたりしてベッドのほうへ移動する。
僕がふかふかのベッドに座ってジャージと下着をもたもたと脱いでいれば、痺れをきらした不動くんに押し倒されて、あっというまに身ぐるみはがされた。
器用だなぁ。

「あのさあ不動くん。聞いてもいいかな?」
「あァ?なんだよ。」
「不動くんさぁ、僕に甘えにきてるの?」
「死ねば」

どすの聞いた声でいわれて、僕はぷにっと両頬を不動くんの片手ではさまれた。
見えないけど、変な顔になっちゃう自分を想像してくすくす笑ったら、集中しろよと怒られた。
怒った不動くんも少し笑って。
それからまた僕の身体に舌をはわせはじめる。
首筋から胸元、余すことなく舐められていく感覚に、背筋がゾクゾクと震えた。
ソフトクリームみたいに全部舐め取られてなくなっちゃえばいいのに。
お腹まで到達した不動くんは、一旦そこで僕のお腹をまくらにして瞳をとじる。
不動くんが僕を抱くときに、必ずする行動のひとつだ。


「お前いま消化してるぜ?キュルキュル言ってる。ダセェ」
「う…やめてよ、恥ずかしい。どいて」
「んー、やだ。」

たのしげに笑う不動くんの背中を見おろしながら、呼吸に上下するその背中に手を添える。

やっぱり不動くんは甘えにきてると思う。
僕には核心があるんだよ?

不動くんが僕の部屋にくるとき、決まって鬼道くんと衝突しているのに気付いたのはもう大分まえのこと。
鬼道くんに冷たくされても、邪険にされても平気なふり。
むしろそれが楽しいから意地悪をするみたいに見せかけているけど、僕は知っている。
不動くんは、本当は鬼道くんと仲良くなりたいんだ。
僕としてること、鬼道くんとしたいんだ。

でも素直になれなくて、同じように素直になれない僕にだけ甘えられる。
そう思うのは ただの自意識過剰じゃないはずだよね。

そんなのほっとけるわけないじゃないか。
だから僕は、アツヤの名前をよんでも不動くんに抱かれている。僕の目にうつっているのは不動くんだ。
アツヤのことは大好きだ。愛してるけど、でもアツヤには触れられない。
だって彼は身体の一部だから。僕の作り出した幻影だから。彼に抱かれたいなんて、アツヤがいなくなってからは一度も考えたことはない。
僕はそんな不毛なことに時間をかけたりはしないよ。
そう考えたら、頭のなかでアツヤがごちゃごちゃ反論してたけど無視してやった。


不動くんは、おもむろに身体をおこして行為を再開しはじめた。

まだ立ち上がっていない僕の中心に長い指がそえられ、軽く扱かれればそこは、簡単に硬さがましていく。

「う…っぁ」
「鬼道…っ」

聞こえてきた鬼道くんの名前、切なげにつげる不動くんは、僕の胸元にキスをふらせながら愛撫をつづける。
僕も名前よばなきゃな。
どうしようかな。



「っ…っ…不動…くん」

かぼそい声で言ってみたら、ぴたりと愛撫が止められて、顔をあげた不動くんが驚いた顔でこちらをみている。
あ、睫毛が長い。

「なんだよ。」
「好きによんでいいんでしょ?」
「……いいけど」
「不動くん、甘えてもいいけど、僕にあまえてよ。いない人の名前よぶのってさ、なんだか馬鹿らしいし。」

僕は君がおもっているより前向きで現実主義なんだよ。

「オイオイ、しらなかったぜ。お前意外に器用なんだなぁ?起きたまま寝言ゆーなんて。誰が誰にあまえてるって?」
「不動くんが僕に」
「しつけー」

さらりと相手の前髪にふれれば、その手をつかまれて不動くんは身体を起こした。
そのまま僕に覆いかぶさってまぶたにキスをされる。優しいキスだ。


「……吹雪」


また愛撫を再開しながらつぶやかれた名前は僕の名前だった。


いつもより、なんだか妙にしっくりくる。

不動くんも同じみたいで、普段合わない視線が今日はなんども交差した。

ねえ
僕たち、すこしは素直になれたかなぁ?





end

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