※幸せ日記の続編です。先にそちらからお読みくださいませ。暗いです注意。
俺は今、士郎とアツヤの部屋にいる。
時刻は深夜三時をまわったばかり。
ベッドには、部屋のぬしである吹雪アツヤが眠っている。
俺はというと、なんだか眠れずに、机の明かりを小さくつけて腰掛けていた。
眠れない理由は、アツヤが泣きつかれて眠ってしまった理由と同じだ。
前述にもあるとおり、かつてこの部屋は二人部屋だった。
そう、ほんの何週間か前までは。
吹雪アツヤと双子の吹雪士郎。二人はとても仲のいい兄弟だった。身体を分け合うほどに。
本当ならば、吹雪アツヤはこの世に存在していないはずの人物だ。
なぜなら、アツヤは幼くして両親とともに事故死したのだから。
しかしアツヤは、残された兄、士郎を守るべく、輪廻のサイクルにのらなかったのだと告白されたのは、そう遠くない記憶だ。
はっきり言って現実味はない。だけど、俺はアツヤや士郎とサッカーをするうちに、妙な核心が生まれていた。こいつらが同一人物であるはずがない、と。
しかし士郎は消えてしまった。
忽然と、まるで居たことのほうが嘘だったかのように、まったく表に現れなくなったのだ。
アツヤは士郎が消えたここ数日、すっかり塞いでしまって、譫言のように『自分のせいだ』とくり返している。
俺は難しいことはよくわかんねえけど、アツヤ曰く、士郎が姿を現さなくなったのは、アツヤが人格を乗っ取ってしまったからだという。
それこそ俺にとっては現実味がなかった。
雪原で震えていた士郎。
いつも笑顔で俺にくっついていた士郎。
アツヤと呼び分けるために、『士郎』と名前で呼んだはじめての日は、すげー嬉しそうで俺を照れさせやがったっけなァ。
どれを思い返したって、
またひょっこりと、おはよう染岡くん、なんて士郎が現れそうなほど鮮明で、鮮やかな記憶なのだ。
きっとアイツはいじけてんだ。
ちょっと引きこもってるだけなんだと、俺は自分に言い聞かせているのかもしれない。
士郎がいなくなってから、アツヤを慰める日々で、俺は一度も涙をながしたことはなかった。
カタリ…と静かな音をたてて机の引き出しを開けてみた。
中には士郎の私物が入っている。
筆箱や教科書、携帯ゲーム機に手帳…には女の名前だらけだ、すげぇ。さすが士郎。
小さく笑いながら中をみていたら、はずみで引き出しの底をずらしてしまった。
てっきり中身がこぼれるかと焦ったが、よく見ればどうやら、引き出しの底には板が敷いてあったようで、隠されたそこには一冊の分厚い本が入っていた。
「…?」
ハードカバーのそれを手にとり、一ページ目をめくる。
手書きでかかれた冒頭の文章を読んだところで息をのんだ。どうやら士郎の日記らしい。
他人の日記を覗き見るだなんて、すこし気がひけたものの、士郎がいなくなった手がかりになるかもしれない、と
俺はそれを読み進めることにした。
関係なさそうな内容は読みとばしながら、ページをゆっくりめくっていく。
士郎は俺が好きだったのか、全然きづかなかったぜ…
様々な内容に、時折感情をもっていかれながら読み進む。
次第に士郎の字が、細く弱々しいものになって、日記を書いてある日もまばらになっていく。
士郎が消えてしまう前に、俺は士郎と何を話しただろうか。
ほんのすこし前の日記までたどりついたところで、いたたまれなくて本を閉じた。
瞬間、はらりとなにかが床に落ちる。
手紙…だろうか。
手にとってみたら、その宛名には俺の名前が書いてあった。
封筒から取り出せば、中には日記の終盤と同じ、弱々しい文字で俺への手紙が綴ってあった。士郎からだ。
―――――――
染岡くんへ
これを君が読んでいるということは、僕はいなくなったということですね。残念です。
日記も読まれちゃったね、はずかしいな。
もう分かっているかもしれないけれど、僕はいなくなりました。
神様にとって、この世界に生き残るべきはアツヤだったのだと、本当は死ぬはずだった僕に、ほんの少しだけ人生の猶予期間をくれたのかもしれないと、そう卑屈になった日もあったけれど、なんだか今はとても穏やかな気持ちです。
ただ、アツヤのことが気掛かりでなりません。
きっとアツヤは、自分のせいで僕が消えたと落ち込んでいるのではないでしょうか。
この日記だって、この手紙だって、先にアツヤがみつけて読んでいるかもしれないね。だけど消えてしまう僕に、たしかめる術はありません。ただただ、染岡くんが先にこれを見つけてくれるのを願うばかりです。
染岡くんにお願いがあります。
この日記は、僕が消えたらアツヤには絶対にみせないでください。
これは形見にはなりません。
アツヤの罪悪感を助長するだけの凶器となるでしょう。
形見なら、引き出しにはいってるものも、洋服や本も全部アツヤにあげると、そう伝えてください。
もしも、アツヤがあまりにつらいのなら、どうか僕の面影の残るものは、すべて捨ててください。
染岡くんには嫌な役をおしつけてしまって申し訳ないけれど、頼めるのは君しかいないんだ。ごめんね…
僕は生まれかわったら風になるよ。
笑い話じゃないよ?
風になって、何にもしばられずに駆けてゆくよ。
染岡くんやアツヤのところにも。
だからまた一緒にサッカーしようね。
僕はこれからもずっと、君とアツヤの近くにいたいんだ。
日記にはアツヤにしかお礼をかかなかったから、今この場でいわせてね。
染岡くん。ありがとう。病院の屋上で君がかけてくれた言葉、わすれないよ。さようなら。
また いつか。
士郎
―――――――
俺は知らぬ間に涙をながしていた。
士郎の文章に嘘はない、とおもう。
あいつは最期のときまで、ずっとアツヤの心配ばかりしていたのだ。
俺の知っている、いや、知ってるつもりだった士郎は、メンタルに弱くていつも居場所を探していた。俺は支えになっているつもりで友達面していた。
すべては俺の思い込みだったのだ。
士郎は最期の最期まで一人ぼっちだった。
苦しいことも悲しいことも、誰にもうちあけずに消えていったのだ。
俺はきっとこの日記を捨てることはできないだろう。
士郎はこれを凶器だといった。
けれどそれは違う。
なぜなら、士郎は消えるまえに日記を捨てることだって出来たはずなのだから。
しかしそうしなかった。
むしろ、俺宛ての手紙をそれに挟んで残した。
それは俺に、この日記を読んでくれと、そういっているようなものだ。
士郎は、消えてしまったあとに、ようやくすべてを打ち明けてくれたのだ。
ほかでもなくこの俺に。
ようやく本当の友達になれた。
そんな気がした。
同時に、士郎はもういないのだと強い実感をかみしめながら、
俺は日記に手紙を挟んで涙をぬぐった。
もう士郎は、この世のどこにもいないのだ