「名前を呼ばれた者は前に出てくるように。」


雷門中学に用意された
日本代表の寮。
もう大分聞き慣れてきた久遠監督の声がホールに響く。
月水金恒例の仕送りや手紙の手渡しは、きまって朝礼で行われる。


僕はこの時間が一番きらいだ。



「円堂」
「はいっ」

名前をよばれて元気よく荷物を受け取りにいく皆の姿を、僕は列の一番後ろでぼんやりと見つめる。
その場で開けた箱からは、靴下の替えだとかちょっとしたお小遣いだとか、愛情のつまった手紙とかが出てきて皆うれしそう。

偽善じゃないけど
僕はうれしそうにはしゃぐ皆をみるのはきらいじゃなかった。
だけど寂しいのは事実。

僕には家族がいない。
両親と双子の弟は、何年も前に事故で死んだ。
ひきとられた先の祖父母も、一年ちょっと前に他界して、僕に残されたのは多額の保険金と、家族ですごした北海道の家だけだった。

親戚はいるけれど、皆僕をひきとることは暗に嫌がっていたようだから、自分は大丈夫だと笑顔をみせて、そのまま祖父母の持ち家ですごしていた。

養子は拒んでも根はいい人たちばかりで、なにかと気を回して世話をしてくれる親戚と、近所のおじさんやおばさんにたすけられて、さほど苦労は感じたことはない。
けれど、こんなふうにあからさまに孤独を痛感させられる場面はさすがに寂しいと思ってしまう。


僕に荷物が届いたことは一度もない。


「吹雪、つまらない?」

人懐っこい笑みが急に視界を遮って、僕は横から顔を覗き込まれたのだと知る。

「うん、すこしね。でもここから見てたら皆のうれしそうな顔が見れて楽しいよ」
「ふうん。俺はつまらないよ。」

緑川くんはそう言って、結んだポニーテールをゆらして体勢をたてなおした。
隣に立つ彼の黒い瞳は、たった今呼ばれて大きめの箱を受けとった、ヒロトくんにむけられていた。

「緑川くんも両親いないんだっけ」
「うん。ヒロトや、あー…覚えてるかな。韓国代表に引き抜かれてた涼野とか南雲とか。みんなおひさま園っていう孤児院ぐらしだよ」

知ってるよね、と明るく笑う緑川くんは、またすぐにヒロトくんに視線をむけた。

「うらやましい?」
「んー…嫉妬はさ、もうしないけど、でもやっぱりうらやましいかな。」
「そうだね。うらやましいよ。」

しばらく口をつぐむ僕ら。

言葉を探してあぐねていたら、
そういえば緑川くんとあんまり話したことないなぁ
と頭によぎった。


「あ!おひさま園で思いだした。俺さ、前から吹雪のこと、どっかで見たことあるなあーってすっごいもやもやしてたんだよねっ」
「そうなの?会ったことあるのかな?緑川くんって北海道出身?」
「ううん、ちがうけど。あ、でも今涼野の話がでて、ひょっとしたら涼野と重なるのかもって思った。うん、多分そう」
「涼野くんはツリ目じゃなかったっけ?」
「なんていうかオーラ?みたいな。よくわからないけどそんな感じ」
「リュウジっ」

取り留めのない会話をしていた僕らの、話に割って入った呼び声はヒロトくんのそれだ。

「瞳子姉さんと園のみんなから。リュウジのも一緒に入ってるよ。おいで」
「えっ」

手まねくヒロトくんを見る緑川くんは、驚いた表情をしてたけどうれしそう。
でも、すぐに はっとして隣の僕に向けられた視線は、申し訳なさでいっぱいになってしまっていた。

「あ…」
「いいよ。気にしなくて。行っておいでよ」
「ご、ごめん吹雪。ありがとう」

笑顔で言ってあげれば、緑川くんはすこし駆け足でヒロトくんの傍へ。
孤独をわかちあえた相手も、いまやうれしそうに荷物をあける仲間にはいって、僕はまた一人ぼっちだ。
喜びに彩り立つ朝の風景のなか、僕の立っている空間だけすこしくすんでみえた。


(……アツヤ、暇だよ。話そうよ)

ふと頭のなかで語りかけてみたけど返事はない。

アツヤは僕の死んだ双子の名前だ。
名前は一緒だけれど、本当のアツヤじゃない。正体は僕の作り出したもうひとつの人格。
寂しさを紛らわせるために僕が自作自演していた仮の家族だ。
あの頃の僕は我ながらかなり病んでたと思う。

だけど、そのアツヤとも会話できなくなって久しい。
アツヤは、もう僕には自分は必要ないのだと言った。僕もそう思った。


でも やっぱり寂しいよ。
アツヤに会いたい。
嘘のアツヤでもいいんだ。


「吹雪。…吹雪聞いているのか」
「えっ…、あ…」

監督に呼ばれて我にかえり、すこし不機嫌そうな相手に視線をむける。

「さっきから呼んでいたんだぞ」
「す、すみません。ぼーっとして」

呼ばれるなんて思わなかったから。

「まったく…しっかりしろ。ほら、お前あてだ。」
「!」

そう言って監督が差し出したのは、A4サイズほどの茶封筒だった。
まさか自分あてのなにかがあるだなんて思ってもみなかった僕は、半信半疑のままそれを受けとって裏返してみた。

贈り主は親戚の名前。
一応僕を養子に迎えたことにしてくれている相手だ。

「吹雪っ!なんだそれっ」
「わかんない、何か緊急かな。」


興味津々で駆け寄ってきた円堂くんにうながされ、僕はその封筒の口をきれいに指ではがしていった。

なかから出てきたのは古ぼけた封筒と、親戚からの手紙。
手紙の冒頭は、僕の身を案じてくれた内容がつづってあり、読み進めて行くうちに、続く文字列には少し息を呑んだ。

『士郎、士郎たちの昔の家を掃除していたら、アツヤからの手紙が出てきたので送ります。』


「なんだった?」
「何か、アツヤからの手紙が出てきたから送るって。」
「え!アツヤの手紙!」

円堂くんの驚いた声に、なんだなんだと集まってきた代表メンバーたち。僕は一気に話題の中心になった。

アツヤからの手紙…僕は嬉しくて急いで同封されていた封筒から手紙を取り出した。

風化で黄ばんでしまった便箋には、うすれた鉛筆で懐かしいアツヤの文字が並んでいた。

少したどたどしいその文字をみていたら、じんとして泣きそうになったけど、深く息をすって堪える。

手紙の内容はこうだった。


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