ガラララッ
この音はだれかが帰ってきた音。
出ていった音かもしれない。
でも、みんなの姉さんは門限にうるさいから、夕焼け沈むこの時間に、出ていこうという勇者はなかなかいない。
ここはおひさま園。
身寄りのない子供達があつめられた施設だ。
すこし前は他の敷地にあったけれど、
今は僕たちが父さんとよぶ人の自宅だった屋敷に移った。
だったというのは、今は色々あって父さんはここに居ないから。
ぶっちゃけると刑務所にいる。
お金はたっぷりあるし、父さんの今までの功績もふくめれば、保釈も簡単に出来たんだけれど、
父さんはそれを拒んだ。
きちんと罪を償って帰る、だからまたその時は、お父さんと呼んでほしい。
そういって別れた父さんを、今でもおひさま園の僕らはこうして待っている。
刑務所にはいった父さんのかわりに園を切り盛りしているのは、父さんと血の繋がった唯一の肉親、
瞳子姉さんだ。
姉さんは、僕らを屋敷によんでくれた。
そして「孤児」ではなく、「家族」として迎えてくれた。
みんな苗字がちがうものだから、ちょっとちぐはぐな家族だけれど
俺は結構嫌いじゃない。
ガラララッ
また誰かかえってきた音がする。
俺は、読み疲れてアイマスクがわりにしていた、サッカー雑誌の下で目をとじたまま、ぼんやりとその音に耳を傾けていた。
畳に寝そべって扇風機の風に平行に足を投げ出していたら、何人かの仲間に邪魔扱いされたけど気にしない。
「おかえりー、うわっ!何そのでっけー箱」
南雲の声だ。うるさいなぁ、でも箱気になる。
まだアイマスクをとるには至らない興味の度合いに、俺はかるく腕を掻いただけに留まる。
「いいもの買ってきた。」
けれど続いて聞こえてきた声には、ちらりと雑誌の隙間から入口に視線を向けた。
元気なリュウジの声。
ああ、やっと帰ってきた。俺の興味の対象。
「砂木沼さんかえってる?はやく見せたいんだっ」
足音が近づいてくる。
リュウジはいつだって二言目には砂木沼さん砂木沼さん。
他に言うことないのかな。嫉妬するよ。
「おい緑川。お前から言ってくれよ、ヒロトすげー邪魔なんだ。それっ」
「うん、あとでー。これヒロト寝てるの?」
ばたばたと歩く音が更に近づいてくる。
その音が、頭の上を通り過ぎようとした瞬間に、足首をがしりと掴んでやった。
行かせるかっ
「うわっ!ちょっとヒロト離してよ。邪魔っ」
「ふふ、リュウジに言われたら傷つくなあ」
足をはなさないまま、よろけて体勢を整えるリュウジを見上げる俺の表情は、さぞ緩んでいることだろう。
「今日何処にいったの?その箱なあに?あ、ていうか誰と出掛けたの?」
「待っ…あっ…え?いっぺんに言わないでよ。」
とりあえず離して、と、ぺちりと額を叩かれた俺は、ようやく足首を掴んでいた手を離した。
「今日は風丸と服を買いに行ったんだ。シャツがほしくて。それで、帰りに寄ったリサイクルショップでいいモノ見つけた。それがこれ。気になる?」
リュウジは、俺の頭上の畳に腰掛けながら、持っていた箱を嬉しそうにあけて中身をだした。
上体をおこし、身体をひねるようにしてその様をみていれば、箱のなかから取り出されたのは全長30センチほどのペンギンの形をしたかき氷機だった。
「かき氷機?」
「うん。みんなにつくってやるんだ。姉さんにも。」
本当は父さんにも届けたいんだけど、と付け加えつつペンギンの頭をなでるリュウジ。
俺はきちんと座りなおしてそんなリュウジに向き直る。癖のあるやわらかい髪をふわりと撫でてやれば、黒い切れ長の瞳と目があった。
「別に落ち込んでるわけじゃないよ?」
「うん。俺が触りたかっただけ」
「なにそれ。ふふふっ」
小首をかしげて明るく笑うリュウジの仕種に、顔をほころばせて笑顔をかえす。
かわいいなぁ
「でもさぁ、それ俺が一番にみたかったなぁ。なんで砂木沼なのさ。」
「砂木沼さん、熱中症で今日具合わるいんだってさ。あの人サッカーのこととなると我を忘れるから。心配なんだ。ていうかやっぱり起きてたんだねアレ。」
また砂木沼砂木沼…
「リュウジは砂木沼が大好きだね。本当、俺が熱中症で倒れてもおんなじ反応してくれそうにないな」
「当たり前じゃないかっ」
リュウジ…
そんな身を乗り出して否定しなくても……
「ヒロトが熱中症で倒れたら、すぐ帰ってくるよ!」
「!」
思わぬ言葉に固まる俺。
返答がかえってこない俺を見ていたリュウジは、一秒ごとに顔をあかくして、しまいには耳まで赤くなった。
「……ま…ぁ……そんなとこ」
乗り出してきていた身体をゆっくりおちつけて、畳に正座しながら視線を泳がせるリュウジの言葉は、扇風機の風に掻き消されてきこえなくなった。
うわあ!どうしてくれようこの生き物っっっっ
俺が我慢できなくなって、武者震いから今にもリュウジを抱きしめようとした瞬間
「リュウ…「ストップ!お前ら邪魔!続きは部屋でやれっっ」
後頭部に足蹴をくらった。南雲だ。まだ居たのか。
「つ…続きとかないよっ!俺砂木沼さんとこに行かないとっ」
「あー…っリュウジ待って!」
顔をあかくしたリュウジは、足早に砂木沼の元へ逃げてしまった。
「くっ…南雲、邪魔なのはキミだよ…」
「うるせーセクハラ野郎。お前も部屋帰れ」
うなだれる俺に悪態をつく南雲に、怒る気力もなくして、俺はまた扇風機の前に寝そべった。
今度は俯せで。
「だから邪魔!!!」