3.海はちゃんと姿を見せない

「千鶴ちゃん、どこか行きたい所ある?」
デパートの近くの小洒落たレストランで昼食をとり、ふらりと街中を散策した後、車に戻った所で唐突に聞かれた。



「え、でも沖田さん、用事があるんじゃ…。」
「僕?僕の用事はもう済んだよ。さっきのあのレストランのオムライスがずっと食べたくてね。あれ、休日のランチタイムしかやってないメニューなんだ。」
「そ、そうなんですか?」
「うん。まだ時間はあるし、せっかくだからドライブでもしない?」
千鶴は戸惑いながらも、沖田とまだ一緒にいられることが嬉しくて、はいっと二つ返事を返すと、沖田は満足そうに微笑んでくれた。





千鶴が「景色の綺麗な場所」とリクエストすると、沖田は了解と言って車を走らせた。



まるで、デートみたいだ。
千鶴はデートの経験なんてもちろんないが、きっとみんなこんな風に、どきどきするのだろうと思った。



思い及んだ瞬間、今朝の総司と女性のやり取りが頭に浮かんだ。
あれは、恋人だったのだろうか。
千鶴は体のほてりが急減に冷めていくのを感じた。



聞き耳を立てるつもりはなく、すべての会話の内容を聞いていた訳ではないが、あの時二人はきっと、とても親密な内容について話し合っていたようだった。



別れてしまったんだろうか。それで気を紛らすために、わたしといるのだろうか。



千鶴は、胸にもやもやと黒い煙りのような感情の固まりが渦巻くのを感じた。
どうして、こんなに胸が苦しいんだろう。





「迷惑だったかな?」
沖田は視線を進行方向に向けたまま言った。
「…え?」
意外な言葉だったので思わず聞き返し沖田を見ると、まだ真っ直ぐ前を向いたままだった。
「いきなり連れ出したりして、失礼だったよね。」
「そんなことっ…ないです!すごく楽しいです!わたしの方こそ図々しく色々していただいて…」



千鶴は慌てて否定した。迷惑だなんて、一瞬だって思わなかった。沖田は大きく息を吐き、脱力しながら言った。
「よかったぁ。僕、一人ではしゃぎすぎちゃったかと思った。」
沖田の言葉は意外なものだった。これまでの沖田の様子は、とても大人で、落ち着いていて、とてもそんな風には見えなかった。



「千鶴ちゃんと話してるとつい楽しくて。会ったばかりなのに不思議だよね…。」



まるで自分自身問い掛けるようにつぶやくきながら、赤信号に車を止めると、ようやく千鶴の方に視線を向けた。千鶴は沖田の切れ長の目に静かに捕えられ、動けなくなってしまった。
ゆっくりと沖田の大きな手が千鶴の細い指に触れ、輪郭をなぞろうとした時、後続車から大きなクラクションで急かされた沖田は、さっと手を離し車を発進させた。
沖田に触れられた指は、まだ熱く痺れたままだった。







「わぁ…」
目的の場所に到着すると、二人は車を降りて、小高い丘の上にある公園まで歩いた。
公園に続く階段を上りきると、大きな大きな夕日が、きらきらと光りを反射させるせ赤く染まる海に、半分程沈んでいた。



「きれいでしょ、ここ。ここからなら海も街も一望できるからね。間に合ってよかった。」
千鶴はこんなにきれいな夕日を見たことは初めてだったので、声にならない程感動した。
まるで、海いっぱいに様々な宝石を散りばめた様に美しい。




「なんだかあの太陽、千鶴ちゃんの瞳みたいだね。」
「え、わっわたしですか。」
沖田は千鶴にぐいっと顔を近づけると、まじまじと千鶴の赤く染められた瞳を覗いた。
「大きくて、うるうるしてて。宝石みたいにきらきら輝いてて。」



沖田の顔の近さに、千鶴は全身の体温が上昇するのを感じた。こんなに近かったら、心臓の音も聞こえてしまうかもしれない。
思わず視線を反らすと、沖田の大きな手が再び千鶴に伸ばされ、頬に優しく触れた。
「ちゃんと、見せて。」
そう言うと、先程よりももっと近寄り視線を交わらせた。
沖田の瞳は、自前の深緑と夕日の赤がとても神秘的に交わっていた。
美しい景色とはこの瞳の中にあったのかもしれない。





「あぁ〜っ」
沖田は突然搾り出すような声を出して千鶴にうなだれてきた。
「ごめん、君があんまり可愛いから、つい。」
沖田は困ったような、切ないような瞳で千鶴を見た。



「抱きしめてもいい?」
千鶴は沖田の言葉に何が何だかわからず、首を縦振った。
そんな千鶴の様子を見て沖田は優しく微笑み、がしっりとした腕で抱き寄せると、二人の心音がひとつになった。
暫くの間、二人はその音を聞いていた。





どちらからともなく顔を近づけ、二人の唇が重ねられた時、赤く揺らめいていた夕日が海に沈んだ。
碧い空には、いつの間にか白く細い月が浮かんでいた。




千鶴は沖田の甘い唇に酔いしれながら、沖田が今朝別れた女性の冷ややかな目が脳裏に浮かんで消えたが、気づかないふりをした。








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