9.蝶よ花よと漂えば

久しぶりに会う友人たちは夏休みが終わってしまったことを盛大に嘆いていた。
大学の後期授業が始まり、千鶴は友人数人と大学近くの居酒屋で休み明け恒例の飲み会をしていた。



旅行に行った者、恋人と過ごしていた者、バイト三昧だった者、皆それぞれの思い出話に花が咲いた。



千鶴はというと、この夏は沖田中心の生活だったため、これと言った話題はなかった。
何もなかったよと言うと、千鶴らしいと皆に笑われた。



「そう言えば今年どうした、あれ。千鶴んちの近くの花火大会。俺すっかり忘れてたわー。」
平助が言った。
「あ、あの時たまたま斎藤さんといて。一緒に見に行ったの。」
「マジで!俺も行きたかったー!つーか一君元気?」
平助がビールのグラスを勢いよくテーブルに置きながら残念そうに言うと、千が割って入ってきた。
「何、千鶴ちゃんどういう事?斎藤さんって誰??もしかして千鶴ちゃんの素敵な人?」
面白そうな話題に千の目は急に輝きを増した。



「ちっ違うよ!わたしとか平助くんの幼なじみで、兄の様な人だよ!」
「はぁっ?何お前達いつの間にそういう関係になったの??」
「だっだから!違うってば!!」
千鶴は真っ赤になって否定したが、二人は聞く耳をもたず盛り上がっている。



「そっかー、千鶴と一君かぁ。なんか想像つかねーけど一君なら安心だな!」
「もう千鶴ちゃん水臭いわよ。なんで言ってくれなかったの?」
だから違うってばと何度か否定したが、遂には諦めた。
この二人が盛り上がると人の話を聞かないことには慣れていた。




その後も、夏休みの話題や今後控えている就職活動の話をし、会はお開きになった。
別れ際、一君によろしくなーと平助が手をふりながら叫んだので、千鶴は恥ずかしくなって早足で駅に向かった。




自分のアパートの最寄り駅に着き、家に向かう途中で千鶴は斎藤のことを考えていた。
斎藤の目は本気だった。
本気で、千鶴を大事にすると言ってくれたのだ。
先ほどの平助の言葉が思い返される。

「一君なら安心だなー。」

きっと、斎藤と付き合えば皆祝福してくれるだろう。
堂々と皆に紹介し、誰にも気を使わず手を繋ぎながら街を歩ける。
斎藤と恋人同士になることはまだ上手く想像が出来ないが、きっととても幸せだろう。
斎藤以上に一緒にいて安心できる人はいない。



先日斎藤が帰った後、沖田からの連絡に気が付いたが、千鶴は電話を返すことができなかった。
斎藤からの告白で混乱した頭で、沖田と何を話せばよいか解らなかった。
何より、斎藤と沖田の間を行ったり来たりしているような自分が嫌だった。
そうしているうちに1週間が過ぎてしまった。
その後、沖田からの連絡もない。




このまま、会わないで終わってしまうのかな……


そんなことを考えながらアパートの階段を登ると、千鶴の部屋の前に人影が見えたので千鶴は驚いた。



そこには沖田が立っていた。





「お・・きたさん・?」
「お帰り。遅かったね。」

沖田は寄りかかっていたドアから離れると千鶴と向かい合った。



「入ってもいい?」
「あ・・、はいっ。」
突然の出来事に呆然と立ち尽くしていた千鶴は、沖田の声にはっとしてバックの中からキーケースを探した。
鍵を鍵穴に入れようとするが、手が震えて上手く入らない。
見かねた沖田が千鶴の手から鍵を取り、代わりに開けてくれた。






「あ、あの・・・今お茶を・・。」
「いやいいよ。それより、おいで。ちょっと話そう。」



先にソファに座った沖田は、自分の横をぽんぽんと叩き千鶴を呼んだ。
千鶴は黙ってそれに従う。
難しい顔をしたままなかなか話し出さない沖田の顔を見れず、千鶴は俯いてしまった。










「千鶴ちゃん、ごめんね。」
永遠とも思えるような永い沈黙の後、沖田は言った。

やっぱり、別れ話だ・・・。

千鶴は思わず目をぎゅっと瞑った。続きを聞きたくなくて、耳を塞いでしまいたい気持ちだった。





「僕は、君が好きだよ。誰よりも。」




聞こえてきた意外な言葉に千鶴は思わず耳を疑った。
目を見開いて沖田を見ると、今度はしっかりと千鶴と目を合わせてくれた。




「恋人とのことは・・必ず話をつける。家族同士の関係や、色々事情が込み入ってて今すぐには無理だけど。でも必ず別れる。・・・・・・もし千鶴ちゃんがまだ僕のことを好きでいてくれてるなら、もう少しだけ待っててくれないかな?」




千鶴は信じられないような表情で沖田を見つめていた。
沖田の翡翠色の瞳は不安そうに揺れている。
その瞳を見ていると千鶴は徐々に緊張が解け、身体の力が抜けていき、ついにはぽろぽろ涙を零してしまった。




「泣き虫だね、君は。」
そう言って涙を拭う沖田の手が暖かくて、千鶴は涙を止めることが出来ない。
千鶴が落ち着くまで待っていた沖田は、あっと何かを思い出したように鞄の中を探し始めた。
そして、中から何かを取り出すとそっと千鶴に見せた。



その手には、綺麗な青紫色の花が握られていた。



「そ、それ・・・?」
千鶴は涙でしゃくりながら聞いた。
「綺麗でしょ。桔梗の花だよ。昔からこの花が好きでね。夏になると実家の庭に沢山咲いていた・・・。君を待ってる間、このアパートの隣の家に咲いてるのを見つけて、お願いして一本貰ったんだ。」
そう言うと、沖田は千鶴の髪にそっと桔梗の花を差した。




「この花は、君みたいだね。」
満足そうな顔で微笑む沖田が言った。
どういうことですかと千鶴が聞くと、沖田は続けた。



「『気品』、『従順』。桔梗の花言葉だよ。あとは『誠実』。これは僕には似合わないね。」

沖田は自傷気味に笑った。
千鶴は髪に差してある花に触れてみた。
桔梗にそんな花言葉があるとは知らなかった。
それから、と沖田は続けた。




「それから、『変わらぬ愛』」




はっとして沖田の方を見ると、沖田は千鶴と目線を合わせるように少しかがみ、千鶴の頬に触れ言った。



「この桔梗は僕の気持ちだよ、千鶴ちゃん。今はまだ、約束してあげられることは少ないかもしれない。でも君への想いは変わらない。心だけは君のものだよ。」





そう言うと、千鶴を抱き寄せた。何時ものように、そっと優しく。




千鶴はまた涙を流した。それは暖かな涙。




これからもきっと、沖田を想って沢山泣くかもしれない。





それでも、信じたかった。
今日の沖田の言葉を。





解決しなければいけない問題はまだ山程あるが、今この瞬間だけは忘れて。



二人は体が溶けてひとつになってしまう程のキスをして、長い長い時間抱き合っていた。


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