8.嵐の夜のオリオン座

千鶴は言い様のない後悔に襲われていた。



関係ない、と沖田に言ってしまった事。
沖田の前で泣いてしまった事。
背を向けないでと我儘を言ったこと。



沖田は千鶴の言葉に何も答えてはくれなかった。
これまで些細なすれ違いはあっても、千鶴を無視するような事は絶対になかった。
ちょっとした言い合いの後は必ずごめんねと言って、その大きな腕で千鶴を包み、キスをくれた。



けれども今度ばかりは違った。
夜明け前、千鶴が目を覚ますと既に沖田はいなかった。
沖田がいたはずの布団は冷たくなっていた。
千鶴は沖田の匂いが微かに残るシーツにくるまり朝まで泣いた。




その日一日何もする気になれず、ご飯も喉を通らずぼんやりソファーの上で過ごし、気付いたら夜になっていた。
あんまり泣きすぎたので、もう涙は出ない。
外は雨らしく、しとしとと泣いているような雨音が聞こえる。
千鶴はこれまで雨が好きではなかったが、沖田と出会って好きになった。
朝から雨が降っている日は二人で寝坊し、布団の中でいつまでもじゃれ合っていた。
沖田の体温に包まれながら静かな雨の音に耳を傾ける時間は、何よりも優しい時間だった。





千鶴は腫れぼったい目を撫でながら、これからの事を考えていた。



自分たちの関係はもうお終いだろう。
きっと今度こそ本当に嫌われてしまった。
自分みたいな面倒な女は沖田に相応しくない。
沖田はきっとモテるから、またすぐ新しい女性が現れるはずだ。



いや、これでよかったのかもしれない。
元々沖田に恋人がおり、自分は日陰の存在だった。
沖田にとっても恋人にとっても、自分はいないほうが良いのだ。




なら、何故。
優しくしたのだろう。
何故キスをしたり、抱き締めたりしたのだろう。
何故、何故……。



何度も何度も同じことがグルグルと頭を巡る。
もう涙は残ってないのに、じんわりと目の奥が熱くなる。



ちょっと落ち着いて飲み物でも飲もうとキッチンに向かうと、インターホンが鳴った。
沖田かもしれない・・・・・!
千鶴は慌てて玄関に向かい勢いよくドアを開けると、そこにはスーツ姿の斎藤のが立っていた。




「さ、斎藤さん??」


いつの間にか雨足が強くなっていたらしく、斎藤の柔らかい髪は濡れていた。

「あ、あの中に。風邪ひいてしまいます。」
「いや、ここでいい。お前に一言伝えに来ただけだ。」
「え…。」



いつにも増して真面目な表情をしている斎藤に圧倒され、千鶴は言葉がでなかった。
暗闇に浮かぶ斎藤の藍色の目が、千鶴を捕らえて離さない。




「総司から話は聞いた。お前の総司への気持ちは解っている。・・・そんなに泣き腫らすまで、大事にっていることも。」

そこまで言うと、斎藤は言葉を止めた。
千鶴は次の言葉を待つ。雨は激しさを増した。



「総司への気持ちが整理出来てからでも構わない。千鶴、俺の所へ来い。俺はお前を泣かせたりしない。誰よりも大事にする。上手い台詞なんて言えないが、俺は嘘は付かない。」




斎藤の言葉に、千鶴は金縛りにあったように固まって動けない。
俺のところに来いって・・・どういう意味・・・。
千鶴にとって斎藤は、本当の兄のような存在で、男性として意識したことはなかった。
雨音だけが響く。



平然としているように見える斎藤の頬が、少しだけ赤く染まっているのが見えた。



「答えは今じゃなくていい。伝えたかったのはそれだけだ。」
そう言うと、斎藤は去って行った。
斎藤の言葉が頭の奥で何度もこだまする。
部屋の奥で携帯のバイブレーション音が鳴っていることにも気づかない。
千鶴はしばらく動けず、玄関に立ち尽くしていた。










総司は携帯をデスクに置き、もう何度目かわからないため息をついた。
もう三度も千鶴の携帯に電話を架けたが、一向に繋がらない。
千鶴はこれまで総司からの電話に出ないことはなかった。
何かをしている途中でも、中断して電話に出てくれる時の千鶴の慌てたような声が、総司は好きだった。



会社にはもうほとんど人は残っておらず、フロアには総司一人だ。
沖田さん、といつものように笑う千鶴の顔が浮かぶ。
携帯を再び手に取り、最後にもう一度電話を架けようとリダイヤルボタンを押した瞬間、携帯のバッテリーが切れ、画面が暗くなった。
総司は小さく舌打ちをし、席を立つ。
窓の外は暗く、雨だけが激しく降り続いていた。


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