「はい。いえ、私は大丈夫です。沖田さんもお仕事頑張ってくださいね。はい・・それじゃあ。」 千鶴は携帯電話を切ると、大きな溜息を吐きながらベッドに倒れこんだ。 今日はクリスマスイブ。 街はイルミネーションで色鮮やかに彩られ、恋人たちは幸せそうに寄り添い合う特別な日だ。 それなのに千鶴は一人アパートの自室でいつもと変わらない時間を過ごしている。 恋人は年末の忙しさに追われ、絶賛仕事中。 今日は会えないかもしれないと、たった今連絡を受けたばかりだ。 「しょうがない、よね。沖田さんは仕事が忙しいんだもん。」 誰に言うでもなく千鶴は呟いた。 テーブルの上には沖田に振舞う筈だった手料理と、一ヶ月も前から悩み、今日渡すつもりだったプレゼントの小さな箱が置かれている。 ここ数ヶ月、千鶴も沖田も仕事が忙しくすれ違いの生活が続いていた。 久しぶりに会える予定だったイブのこの日を千鶴は何日も前から心待ちにしていた。 「せっかくのクリスマスなのに。逢いたかったな・・」 千鶴は携帯電話を握り締め、瞼の中に愛しい人の姿を思い浮かべ目を閉じた。 「そこで鬼のような形相でパソコンを睨んでいるのは総司か」 沖田がノートパソコンに向かい合っている最中掛けられた声に振り向くと、斎藤の姿があった。 「ああ、お疲れ。一君も出勤してたんだ」 「うちのチームも人手不足だからな。見たところあんたの部署はあんた以外来ていないようだな」 「そうなんだよ。全然案件が片付いてないって言うのに、みーんなクリスマスの三連休に浮かれてちゃっかり休み取っちゃってさ。おかげで僕は今日も何時に帰れるか検討もつかないよ」 「ご愁傷様だな。悪いが俺はそろそろ帰る」 そう言うと総司のデスクに缶コーヒーを置き、踵を返した。 ありがとう、と総司が缶コーヒーのプルトップに指を掛けると、斎藤は数歩進んだ所で振り返り表情も変えずに言った。 「千鶴も、あんたに会えず寂しい想いをしているだろうから俺が会いに行こう。あんたは安心して仕事を片付けてくれ」 その言葉を理解できず沖田が缶に口を付けたまま固まっていると、その隙に斎藤は軽い歩調でフロアを出て行った。 「・・はあ!?ってちょっと、一君!?」 漸くはっと我に返り斎藤を呼び止めるも、沖田の声はガランと静かなフロアに虚しく木霊した。 沖田は舌打ちをすると缶を置き、勢いよく案件の処理を再開した。 「・・ん。」 千鶴はぼんやりとした頭で瞼を擦った。 どうやらベッドに横になったままいつの間にか眠っていたらしい。 一体どれくらい寝ていたんだろうと、時計を見ようと身体を動かそうとしたが、何故か身動きが取れない。 不思議に思い暗闇の中で寝ぼけ眼を凝らすと、目の前には気持ちよさそうに小さな寝息を立てて眠る総司の姿があった。 「おっおおお沖田さん?い、いつの間に・・」 千鶴の声にも沖田は起きる様子もない。 よく見るとスーツの上着だけを脱いだままの姿で眠っている。仕事から帰ってきてそのまま寝たのだろう。 久しぶりに見る恋人の顔を、千鶴は信じられないような気持ちでまじまじと見つめた。 今は閉じられた瞼に掛かる長い睫も、規則正しい呼吸をする唇も、千鶴を包む大きな腕も、間違いなく会いたくて会いたくて堪らなかった恋人のものだった。 忙しい中、会いに来てくれたんだ・・・ 沖田の気持ちが嬉しくて、愛しくて、千鶴は胸がいっぱいになった。 そして、彼に触れたくて穏やかに眠る彼の頬にそっと手を伸ばした時、自身の左手にあるものを見つけた。 左手の薬指に輝いている、小さな石が散りばめられた指輪・・・ その指輪のもつ意味を理解した瞬間、千鶴の瞳に暖かな涙が溢れた。 堪えきれずに沖田にぎゅっと抱きつくと、ん・・と小さな声を漏らし彼が目覚めた。 「千鶴起きてたんだ。ごめんね、遅くなちゃって」 沖田は千鶴の身体を優しく自分の方に抱き寄せ、そっと頬を撫でた。 「あれ、どうしたの泣いて。ご飯食べ損ねたこと怒ってるの?もう遅いからケーキは明日食べようね」 「お、きたさ・・指輪っ・・」 沖田はいつもの調子で千鶴をからかいながら宥めた。 そんな沖田を千鶴は涙をいっぱいに溜めた瞳で見つめ、切れ切れに言葉を紡ぐと、沖田は千鶴の左手をそっと握り薬指にキスをした。 「メリークリスマス。来年も再来年も、歳をとって僕と君がおじいちゃんとおばあちゃんになっても・・一緒にクリスマスを過ごしてくれる?」 沖田の柔らかな声に、千鶴は何度も頷いた。 「はい・・ずっとずっと一緒に居てください・・」 そう約束を交わし、二人は何度もキスを交わした。 恋人たちを祝福するように、街はいつまでも絶えず輝き続けている。 二人で築きあげてゆく幸せな未来は、今日始まったばかりだ。 title:コランダム prev top next |