部屋の電気を消して待っているのは、別に驚かせたいからではない。 今日の月が綺麗だから。星が綺麗だから。 けれども帰宅した家主は電気をつけるなり小さく驚き、ため息をついた。 「来てたなら電気ぐらいつけろよ。」 上着を脱いでネクタイを緩めながら、彼は言った。 「電気を消したかった気分なんです。」 といえばあのなぁと、さらに盛大にため息をつく。 「別に独身男の部屋に電気がついてるぐらいじゃ誰も疑いやしねえよ。」 彼のお小言を無視してキッチンに向かい、二人分のコーヒーをマグカップに注いだ。 いつも彼の帰宅時間を見計らってコーヒーを淹れる。 そのタイミングは中々の高確率で、私の密かな特技でもある。 千鶴、と背中越しに呼ばれた。 「千鶴、ちょっとこっち来い。」 彼の不機嫌はいつものことだが今日は中々逃れられなそうだ。 こういう時の彼にはおとなしく従うに限る。 マグカップを手に、彼の元へ戻った。 「何ですか。」 「ここに来い。」 そう言うと彼は少し腕を広げて私を呼んだ。 彼の腕に抱かれると、そのまま二人してソファに寝転んだ。 「お前は何も心配しなくていいんだよ。」 彼の静かな声が耳に響く。 「私、何も心配なんかしてません。」 別に、何も心配なんかしていない。 彼の部屋に来る時はいつも早足なのも。 人目に付かない時間を狙って来ていることも。 彼が帰るまで電気を点けないことも。 すべて、私が好きでやっている事だ。 他人を気にしている訳では、決してない。 「本当は、俺がお前を手放してやりゃあ全て解決するんだろうな。」 私たちが出会った世界は、少しばかり生きにくい。 窮屈なソファの上で私たちはいつもぎゅうぎゅうに抱き合いながら互いの温度を確かめ合う。 離してあげればお互い楽になれるのに、どうしたってそれが出来ない。 私たちは、馬鹿者だ。 抱きしめても抱きしめてもこの身体が邪魔をして一つにはなれなくて。 歯痒さを隠すようにキスをしたり繋がってみたり。 いつも背徳感が付きまとうその行為を、止める事も出来ないくせに。 「好きです、土方先生・・・」 どんなに罪悪感から逃げたくたって、良心が痛んだって、誰にも言えなくたって、この気持ちだけは変えられないのだ。 私はね、先生。 早く、大人になってあなたをおもいきり抱きしめてあげたい。 title:コランダム prev top next |