そうやって世界は



「土方さんは泣く。絶対泣きますよ」
「いーや泣かないね。鬼の目にも涙とは言うが土方さんは例外だよ」
「つーか俺、土方さんが泣くとこ見たくねえ。なんか、きもちわる...」



先程から同じことを延々繰り返し、やいのやいのと騒いでいる奴らに、うるせぇと一喝した。

「とか言って土方さん、本当はビデオカメラとか買って準備万端なんじゃねえの〜」

げらげらと笑いながらからかう平助の頭をグーで殴ると、何で俺だけ殴るんだよーと涙目で叫んでいた。


「ねえ、千鶴ちゃん本当にいいの?土方さんなんかの子供絶対こんな目してるよ」
総司は目じりを引っ張りながら千鶴に聞いた。
千鶴は何がそんなに楽しいのか、ケラケラと笑いながら奴らの話に混ざっていた。


「しかしなあ、あの千鶴が母親になるとはな」
原田が感慨深げに千鶴の大きな腹を撫でると、皆いっせいに千鶴に目をやった。
「そうだぜ。ついこないだまで制服着てたっつーのによ」
新八が言う。
「いやいやそれを言うなら、ついこないだまで自分より重い小太刀差しながら、僕たちの後を付いて走り回ってたのにーでしょ。あの頃の千鶴ちゃん、本当可愛かったな〜。子犬みたいで」
いつもの調子で総司にからかわれ、千鶴は「もう」と顔を真っ赤にして頬を膨らませた。
皆そんな千鶴を見てまた笑った。


本当に、数奇な運命だ。誰よりも大切な女に一度ならず二度も、こうして巡り会えたのだから。



この世で千鶴を見つけた時のことを、俺は今でも覚えている。
千鶴の姿を目にした瞬間、体中の細胞が騒ぎ立ち、すべての記憶を思い出した。
そして二度と手放してなるものかと誓った。
千鶴もやはり記憶を取り戻し、泣いた。二度と離さないで下さいと言った。
その頃既に出会っていた原田と新八には、やっと思い出したかと笑われた。
そして、二度と離すんじゃねえよと肩を叩かれた。置かれた手のひらが、じんと熱かった。



千鶴が俺との子を授かったと知ったとき、(これは誰にも言ったことがないが)俺は初めて怖いと思った。
千鶴とこの小さな命を、俺は本当に幸せにすることが出来るだろうか。
俺にその資格があるのだろうか。
そんな俺の不安を千鶴は敏感に感じ取ったのだろう。
少しだけ眉を下げ、俺の目を真っ直ぐ見つめた。そして、手を胸の前に掲げ、刀を抜く真似をしてみせた。

それは、いつか交わした約束。

「私の願いは、あの時から何も変わっていません」

ああそうだ。どうしてそんな大事なことを忘れていたのか。
俺はいつもこいつに教えられるのだ。



出産の日、見慣れた顔が分娩室の前に集まっていた。
皆不安そうな顔で落ち着かない様子だった。こんな時の男は例外なく頼りないものだ。

「トシ、本当に立ち会わなくていいのか?」
近藤さんが言う。
「俺にビデオカメラ持って嫁の出産に立ち会ってか?そんなみっともねえことできるかよ」
「そんなこと言って、本当は怖いんでしょ。ビデオカメラ片手にぼろぼろ泣くみっともない土方さん見たかったな〜」
こんなときまで冗談をかます総司はある意味大物だ。
席をはずしていた斎藤が、缶コーヒーを手に戻って来て、どうぞと言って俺に手渡した。
「千鶴は大丈夫ですよ」
と涼しげに言う斎藤だが、先ほど廊下をうろうろと忙しなく歩き回り、看護師に注意されていたことを俺は知っている。


しばらくして、分娩室から大きな泣き声が聞こえて皆ワッと立ちあがった。
近藤さんと新八は泣いていた。
原田は、よっしゃーと叫んで飛び上がった平助を抱き上げた。
斎藤は立ち上がり呆然としていた。
総司は柄にもなく一番ホッとしたような顔をしていた。


出産を終えた千鶴は、汗と涙でぐちゃぐちゃの顔のまま俺の名を呼んだ。
その表情は今まで俺が見た中で、一番綺麗だった。
俺は泣くでもなく放心するでもなく、ただ千鶴の手を握り、一言ありがとうと言った。



千鶴が病室に戻り眠りについたので、俺は一人病院の屋上に上がった。
空は夜と朝が混じり、幻想的だった。俺はその光景を素直に美しいと思った。
フェンスに寄りかかりながら空に向かって煙をふかした。たゆたう白い煙がふわりと浮かんで、宙に溶けた。
朝の空気が煙と混じって肺を冷やし、とても心地よかった。
俺は一句詠めねえかと考えたが、言葉は頭に浮かんだ瞬間消えてしまう。
人は本当に感動したとき、言葉なんて必要ないのかもしれねえなと思った。



先ほどこの世に生を受けた小さい命について馳せる。
いつか我が子に伝えたい。
今日の空の美しさを。
お前の父と母は、永く永い時代を流れお前に出会ったのだと。
そしてお前の命はたくさんの絆に支えられ、見守られて育んできたのだと。


千鶴が目を覚ましたら、早速名前を考えよう。
名前は、子供の顔を見て決めようと千鶴と約束していたのだ。
本当は、ビデオカメラだってちゃんと準備してある。

携帯灰皿に煙草を押し潰し、屋上を後にする。
いつの間にか完全に朝日が差していた。



願わくは、千鶴のように強く、優しい人に。
沢山の感謝と希望と、そして願いを込めてとびきりいい名前をつけてやるのだ。





そうやって、世界はまた一つ色が増えた








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