未来の欠けた今日



他言は無用だと、彼は笑った。



これでも医者の娘なので、多少医学には精通しているつもりだ。
だからたった今彼が宣告を受けた病が、どんなに恐ろしく人を蝕むのかも知っている。



どうして、とやっとの思いで喉から出た言葉は、情けなく震えてしまった。
今からでも遅くはない。松本先生が言うように隊を抜け、養生すれば決して希望がない訳ではない。
少なくとも、少しでも永く、少しでも穏やかに過ごす事ができるはずだ。それなのに。
彼は選ばない。永く、穏やかな未来を。



俯く私の横で、「斬っちゃうよ」と、彼は何時もの調子で笑った。
「何故、どうしてと」わたしの頭の片方は、とても混乱していた。けれど、もう片方で静かに納得していた。


(だって、あなたは自分ではない「誰か」の。あの人の為に生きたいと、誰よりも願っているから)


どすして。手を伸ばせば簡単に届く距離にいる筈なのに、彼はこんなにも遠い。
肩越し感じる彼の体温は、この世界の誰とも変わらないのに。
触れたら消えてしまうのではないかと錯覚する程、この世界の誰よりも弱くて儚い。
行き場所のなくなった手を、ぎゅっと膝の上で硬く結んだ。
「わたし、誰にも言いません」
見届けようと誓った。今日の日のわたしに、彼に。


じゃあ巡察だから、と振り返ることなく去って行った彼の顔は、いつもの1番組組長の表情で。
私はこれから何度だって横顔を見送るのだろう。
そして彼はきっと、いつか訪れる最後の瞬間まで戦い、笑うのだろう。


わたしは彼のいなくなった世界を想像して、すこしだけ泣いた。








未来の欠けた今日を生きる僕等は












title:Fleur





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