輿入れの日。 天候は大雨。本来ならば大雨の日に輿入れなどしない。 「早くでていけということか…。」 一日でも早くでていって欲しいのだろう。 「葵様。そろそろ出立いたします。」 部屋の外から声がかかり、襖を開けると漆黒の髪を後ろで一つに結んだ見慣れない女中が頭を垂れていた。 誰だ。 疑問が頭を過るが声に聞き覚えがあった。 「…佐助か。上手く化けるものだな。」 「女中になれと仰ったのは葵様でしょう?あと私のことは朔とお呼び下さい。」 此方の声に反応してあげた女中は佐助を少し柔らかくした顔立ちで。確かに佐助であるというのに女にしか見えない。感心してしまう。 これが忍のなせる技か。 「これからよろしく頼みます。朔。」 「はい。朔はどこまでも葵様にお供いたします。」 この城を出れば幸村ではいられない。 今までは幸村でいられる時もあった。でもこれから先は許されない。 幸村であるということが暴露てはいけないのだ。 「いきましょうか。輿の準備は出来ておりますゆえ。」 「ええ。」 嫌な思い出ばかりの、それでも馴れ親しんだ城をでて奥州に向かう。 「長い道程になりますね…。」 「えぇ。でも楽しみです。上田の城を出たことはありませんから」 「そうでしたね…。では道中色んな所に寄りましょう。少しくらい遅くなっても文句は言われないでしょう。」 葵として育てられ、城を出たことはなかった。 下手に外にだして男だと暴露るのを恐れたのだろう。 ……そういえば一度だけ外に出たことがあった気が。 「…葵様?」 昔を思い返していたら佐助に声をかけられる。 「……まっすぐ向かっていただいて構いません。寄り道をする気分でもないので。」 「そうですか…。なら甘味を買ってきていただきましょうか。それくらいならいいでしょう?」 他国への寄り道も楽しそうだが、万が一のことを考えると出来ない。 気分転換を申し出てくれる佐助の気遣いは有難かった。 「…すみません。」 「これくらい大した事ありませんわ。それより少しお休みになられて下さい。奥州はまだ先ですわ。」 眠たくはなかったが、佐助の言葉に従い横になり目を瞑る。 朝方から降り続いている雨の音が輿の中に響きわたっていた。 . しおりを挟む back |