菊月
 杯を満たす香りの良い酒に映る、真円の月を見下ろす。
酒に浮かぶ菊の花びらが微かな振動で動き、透明な水面は揺らいでそこへ映り込んでいた満月が形を変えた。
さわさわと、風に靡く淡黄色の穂。その音に交じって聞こえてきた、木床が軋む音。

「こんなところに居たのか……。外を探しても見つからないわけだ」

 声がした方、ちらりと窺った先の、特徴的なヘッドフォンをした魔軍の総大将殿からは不満がありありと見て取れた。
無理もない。今は神魔戦争の真っ只中――たとえ現状で、双方に大きな動きがなかったとしても、誰にも、何も告げずに姿を消しては問題だろう。
それにはちゃんとした理由があるのだが、 " こういうこと " だからこそ本人に告げるべきではないと思っている。気を遣わせてしまったら、本末転倒なのだから。

「たまには息抜きも必要かと思って」
「それなら、せめて俺にだけでも一言欲しかったな」
「すまなかった。次からは、ちゃんとお前に連絡してから動こう」

適当な言葉を返す。未だ納得いかない様子の彼が、隣に腰を下ろした。

「ところで。それ、なに?」
「菊酒」
「何処から持ってきたんだよ、そんなもん」
「勿論、 " 向こう " から」
「あー……もしかしてここ数日、ユキジョロウの姿が見えなかったのは……」
「使いに出してた」
「やっぱり」

不満顔から呆れ顔へと表情を変えた彼を横目に、口元へ寄せた杯を傾ける。程よく冷えた酒が喉を通っていく。

「俺にもちょうだい」
「未成年は駄目だ」
「えー」
「代わりにこれをやるから、そう膨れるな」

 言って差し出したのは、茄子の煮浸しが入った皿。今自分が飲んでいる酒と同じく、こっそり贔屓にしている農家自慢の一品だ。
皿の縁に乗っていた箸を持ち、一口。もぐもぐと咀嚼する彼の様子を眺める。無言のまま、けれど隠しきれない喜色が彼から窺えると、小さく笑った。

「美味いか?」
「……うん。久々にまともな物を食べた気がするな」

皿に乗っていた茄子をあっという間に食べ終えて。九つある尾の内のひとつを枕にして、横になる彼。

「今日はこのまま此処で寝ることにする」
「拒否権は?」
「無しで」
「まあ、俺は別に構わないさ。ゆっくり休むといい。――おやすみ」
「おやすみ」

 ススキの揺れる音に、鈴虫の鳴く声が加わる。程なくして、そこへ新たに規則正しい寝息が加わった。
万魔の王と呼ばれる少年が寒くないよう、滑らかな尾のひとつで彼をそっと包むと、僅かにその位置を変えた月を見上げた。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -