誕生日―――その人が生まれた日。
大体、そんな定義で合っているだろう。
知識としての認識も、間違っていないと思う。
ただ自分は、他人の誕生日を覚えることができないし、覚えられないのでそもそも他人の誕生日を聞くことさえしなかった。
いつからそうだったのかは分からないし、これからだって、きっとそうだろう。
「……誕生日?……誰のかな?」
「だから、ジュンゴだって言ってるでしょうが!」
しかし、世界が広がれば当然自分のことを構う友人や仲間のようなものができて、そこで形成される人間関係にはお節介な人が出てくるものだ。
この、今自分に話しかけている少女―――伴亜衣梨もその1人だ。
「名前が忘れっぽいのは分かるにしろ、仲間の誕生日くらい覚えておこうよ」
「……努力はしてます」
「努力してるなら手帳を出す!」
「うんっそうだねっ」
亜衣梨に威圧されるままに、自分は手帳を出した。
きめ細やかに事柄が書かれている手帳は、自分の几帳面さを表しているのではなく自分の忘れっぽさを表しているというのだから、救えない。
「いい?もう1回言うわよ?ジュンゴの誕生日はね―――」
そして自分は、亜衣梨に指示された日付に大きく丸をつけた。
10月16日。
それが彼の。
鳥居純吾の誕生日のようだ。
「……お祝い、するのはいいんだけどさ、バンちゃん」
「何?」
「わたし、誕生日なんてやったことないから、どんなことをすればいいのか分からないんだけど……。とりあえずここはプレゼント?ですかね?」
「……そこからかっ」
亜衣梨が落胆するのを見つつ、自分は自分なりの思考で色々考えてみる。
「プレゼントって、やっぱりその人の欲しいものがいいよね!」
「まあ、そうね……でも、そこが困っててさ。ジュンゴの欲しいものって分からなくて……」
「じゃあ本人に聞けばいいんじゃない?」
「それサプライズの意味がないっ!」
亜衣梨は再度落胆をする。
自分は何かおかしいだろうか。
おかしいのだろう。
なんとなく、それは分かる。
「んー……、どうしたらいいかな」
それは自分への認識の改めか。
それとも件の誕生日に対しての意見か。
どっちかは分からなかったが、行動派の自分がやることは決まっていた。
……純吾に電話をかけることだった。
「……名前?誰に電話してるの?フミやジョーさん?」
「ジュンボくんです」
「ジュンボじゃなくてジュンゴ……って、ええっ!?」
亜衣梨は慌てたものの、時既に遅し。
亜衣梨が自分から携帯を奪う前に、電話をかけた相手が先に出た。
「……名前?……どうしたの?」
純吾の声が聞こえた。
邪魔をしようとする亜衣梨の頭を軽く押さえつけながら、自分は少し大きな声で彼に語りかけた。
「もしもし、ジュンボくんっ?あのさ君、今月が誕生日なんだよねっ?」
自分の言葉に、亜衣梨が「終わった……」と声を漏らした。
何が終わったのかは分からないが、電話先の純吾も純吾で、何やら息を飲んでいるようだった。
「名前が、ジュンゴの誕生日……覚えてる……?……本人?」
「……失礼だな、君は」
亜衣梨も純吾も自分を何だと思っているのか。
若干ムスッとしながら、自分は言う。
「それで!君の誕生日!何が欲しい?君が今一番欲しいものは?」
「……うぅん」
電話の向こうの彼は悩んでいた。
その状態のまま、いくらかの時間が過ぎた。
「みそ」
聞こえた単語はそれで、思わず自分は聞き返す。
「ミソ?」
「味噌」
「……味噌か」
「新しいメニューに、味噌茶碗蒸し作る。でも、味噌がなくて……」
「それは、一大事だね……」
純吾の真剣な声音に、思わず自分は深刻に返していた。
たかが味噌、と思うかもしれないが。
料理人の彼のことだ。
何かあって、手に入っていないのかもしれない。
「わかった。オッケー、味噌だね。いいもの調べてプレゼントするよ」
「……いいの?」
「いいよ。君の誕生日なんだもの」
「うん……ありがとう、名前」
「ううん、大丈夫。それじゃあ忙しかったかもしれないところごめんね、切るよ」
何故か亜衣梨も落ち込んでいるし、と付け加えて、自分は電話を切ろうとした。
その瞬間、「待って!」と彼にしては大きな声に呼び止められた。
自分は驚きながら、慌てて切るのを止める。
「何?どうしたの?」
「あのね、お礼」
「お礼?」
「うん。……その新メニューの味噌茶碗蒸し、出来上がったら、一番に名前に食べさせてあげる」
その言葉に一瞬面食らいながら、自分は声を上げて笑った。
「やった。忘れないからね?」
それは本心であったし、彼の美味しい茶碗蒸しが食べられるのなら、彼の誕生日も忘れることなく覚えていられそう。
「じゃあ、また」
「うん、またね」
今度こそ、電話を切って、自分は何故か落ち込んでいる亜衣梨の背中をさすった。
「バンちゃんどうしたの?大丈夫?」
「どうしたの?じゃないわよ……もう。人がせっかくアンタたちをくっつけてあげようと思ったのに……」
「……わたしとジュンボくんは磁石じゃないからくっつかないなぁ」
「そうじゃないってば!名前とジュンゴのバカ!てんどん!」
「……てんどん?」
「天然と鈍感の略ッ!」
ぷいっとそっぽを向いた亜衣梨に首を傾げながら、自分は携帯画面になんとなく視線を落とす。
そこにある『鳥居純吾』という名前。
「……」
ほんの少し頬を緩めながら、自分は携帯を閉じた。
待ち遠しくて
(日付の感覚なんて、わたしにとってあってないようなものだったが)
(こんなにも彼の生まれた日が来てほしいだなんて、考えられもしなかった)