気紛れチョコレート


街中が赤色と桃色に染まる季節が近付いて、私は妙に冷めた気分になる。
何故って、好きじゃないからだ。
バレンタインなんて面倒くさい。
散歩がてら一歩外へ踏み出せば、妙に浮かれている人々。
流れる街頭TVには有名女優がありきたりな謳い文句でチョコレートの宣伝。
ああ、こういうのが嫌いなんだ。
みんな、チョコレート業界の戦略に踊らされているだけなのに。
そしてそれを分かった上で踊っているなど、おそらく私には理解ができない。
理解ができないから、嫌う。面倒くさい。
本当に面倒くさいったらない。
ちょっと前までは女性が男性に想いを伝えるという何のこっちゃなイベントであったくせに、今では友チョコだとか家族チョコだとかいよいよとりあえずチョコレートを買わせようとしているのか何なのか。
……文句を言い出せば、それだけでレポートが完成する勢いだ。やめよう。
私にとってのバレンタインなど、乙ゲーやギャルゲーの発生イベントだけで十分。
そうだ。
早くコンビニに雑誌と夕飯を買いに行って家に帰ろう。
そして早くゲームをやろう。
早く引きこもってリアルの世界のイベントなど忘れてやればいい。
浮かれる人々の隙間をかいくぐり、私は近場のコンビニへと向かう。
空いているか混んでいるかで言えば、まあそれなりに空いていて、丁度良いと私は思った。

「えーっと……ゲーム雑誌、あっ」

あった。
毎週買っているものが。
昨日が発売日であった為か、最後の1冊だ。
私は迷わず手を伸ばした。

「うわっ」
「わっ」

そして、手がぶつかった。
雑誌とか、棚にではない。
人の手に私の手がぶつかった感覚。
証拠に、私の悲鳴ともうひとつ。
男の子の声。
どうやら同時に同じ目当てのものに手を伸ばしてしまっていたようで、私は慌てて謝る。

「ごっ、ごめんなさっ……」
「いやぁっ、こちらこそっ……」

私が謝りかけ、向こうも軽くかしこまりかけた。
しかしそのぶつかった相手というのを見て、私は一気に気が抜ける。
知り合いだったからだ。

「……アツロウ?」
「おっ……おおおおっ、名前じゃんか……!」

木原篤郎―――そんな名前をした少年は、古くからの顔見知りだった。
所謂、幼なじみというものなのだけれど。
……正直なところ、リアルで会うよりもチャット会話の方が多い。
こうして会ったのだって、久しぶりだ。

「もしかして名前も、これが目的だったか……?」

アツロウが指したこれというのは、雑誌のことだろう。
最後の1冊だし、他のコンビニまで行ってある保証はないし、何より早く帰りたい。
そう思うと、アツロウに最後の1冊を譲るのはどうしても躊躇してしまうのだが。
……仕方ない。
色々と面倒くさくなった私は、雑誌をとってそれをアツロウへ差し出した。

「いいよ。ネットで買うから」
「えっ、いいの!サンキュ名前!……でも、本当にいいのかよ?」
「いいよいいよ。私はチョコレートと夕飯を買って、帰る」
「チョコレート……?ああ、そういや、バレンタインそろそろだっけか。ユズも言ってたしなぁ……」

……やはり女子というのは、バレンタインに盛り上がるのが普通なのだろうか。
……理解ができないから、反応のしようがない。

「アツロウも、やっぱりチョコは貰いたい?」
「え?そりゃあ、貰えるもんなら、かな?ダチの方がモテててさ、毎年いっぱいもらってんだけど、羨ましいとは思うかもなぁ。ほら、やっぱり男の子だしね!」
「そういうもんなのか……」

なるほど、とひとつ呟いて、私は何も言わずに行動を開始した。
これといった挨拶もなく動き出した私に驚いたアツロウが何か言ったが、それに構わず私はコンビニの店内を歩く。
今日の夕飯は普通でいいだろうと、適当に幕の内弁当を手にとって。
その次にレジ前のチョコレートコーナーへと進む。
ふたつの箱を持って、私はそのままレジへと進む。

「……あっ、こっちのだけ。袋は別にお願いします」

そしてさっさとお会計を済ませようものなら、未だ雑誌コーナーの前であ然としていたアツロウの元に戻る。

「はい」

そして、小さい方の袋を渡す。
中には赤い包みと茶色のリボンで彩られた、まあそこそこ美味しいかもしれないチョコレート。

「え?な、何だよ?」
「ハッピーバレンタイン……、って、言うんだっけ?こういう時には」

私はよく分からないまま笑う。
アツロウにチョコを渡そうと思ったのは、何て事もない気まぐれ。
たったそれだけだった。

「貰えなかったり、義理よりはいいと思うよ。……じゃあ、またね、アツロウ。また画面の中でね」

今度はちゃんと挨拶と手を振りながら。
私はこの場を去ろうとした。
去り際に見たアツロウの顔は少し赤かった気がする。
彼に背を向けると、途端に声が聞こえた。

「えっ、こ、これお返しってどうすりゃいいの!?三倍返しじゃないとやっぱダメなの!?」

……なるほど、普段チョコレートが貰えない人がチョコレートを貰ってしまうとこうなるのか。
私は苦笑いを浮かべながら、顔だけうしろを向いた。

「お返し、楽しみにしてる」

これは当然、恋愛感情なんてものはない。
友人と言っていいのかも微妙な距離だ。
でも好き嫌いで言うのなら、決して嫌いではないから、好きなのだと思う。


気紛れチョコレート色
(やはり私はこういうイベントは嫌いだが)
(彼からのお返しを待つその時間は、楽しかった)




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