車を使え、という半ば命令口調の誘いには乗らず、電車を使う事にした。

近いからではない。でも間違いなく、電車の方がいい。

目的の駅で降りると、早速自分の勘の良さを痛感した。

駅には何人もの制服警官が立っている。パトカーも何台も巡回している。

しかも自宅の周辺は、どこから聞きつけたのか、既に多くのマスコミが押し寄せていた。野次馬も増えるばかりで、その場を去ろうとしない。

自宅の敷地はというと、立派な門構えに、ぐるりと周りを取り囲んだ高めの塀。一等地だが、軽く見積もっても百坪はある。家の外観は木で更に見えにくい。

だから皆益々躍起になって見る。

お陰で、車が二台通れるだけの道路は、完全に塞がっている。

こういう時、警察手帳を持っていると違う。

制服警官に怒られてでもスクープを狙おうとするカメラマン。近所の住人に話を聞こうときょろきょろと辺りを見渡す軽装の男。小綺麗な格好をしたアナウンサー風の男女。

そうしたマスコミ連中を相手にする制服警官がこれを見ると、スマートな対応になる。


「御苦労さま」

「お疲れ様です!」


威勢のいい警察官に中に入れてもらうと、早速溜め息が漏れた。

家の中は洋風の作りになっていて、家具もヨーロッパの方で買い付けたと思われるような高い物が並ぶ。

絵画やランプも有名な作家のものを幾つも見掛ける。ざっと見ただけだが、それでも全部で数十億はくだらない筈。

綺麗に並べられてあるバカラのグラスは、種類だけなら桂の店といい勝負だ。

その中を、制服を着た警官、スーツを着た刑事、作業着を着ている鑑識の人間、あらゆる種類の人間が埋め尽くしていた。

他には警察犬も何匹かいて、行儀よく仕事に励んでいる。


そうした中で、まずは一報を入れたというお手伝いの人から事情を聞く事にした。

最初は同じ事を何度言わせるんだというような顔をされたが。

女性の刑事が珍しいのか、直ぐに好奇心の塊の様な目を向けてきた。

飲み物を勧めると、今度は口が軽くなった。

それによると、荷物が届いた。だが日頃から荷物の中を金属探知機にかけていて、まずはそれが反応した。しかも、訓練されている犬がやたらと吠える。そこで、もしやと思い、連絡をした、そうだ。

そうして一通り話を聞き、名刺を渡してから、爆発物処理班の一人を捕まえた。

身分を明かして事実確認をしたいと言ったところ、箱の中には確かに爆発物があったと言う。しかも、


「本物だったの?」

「ええ。ただし起爆装置は遠隔操作でのみ作動するようになってたようです」

「………」


となると、これを送りつけた相手は確実に定々を狙っていた、という事になる。

逆を言えば、これを起爆させる事が出来るのは、定々の帰宅を知り得る人物…、でなければならない。

これから詳しい分析にかけて、捜査を始めるのだそうだが。手掛かりを掴めるのだろうか。

万が一、犯人を特定出来たとしても、犯人が外国へ飛ぶと、逮捕まで時間がかかる。

もしくは定々お抱えの連中によって私刑に合う。

勿論、これが定々の自演でなければ、の話しだが。


そんな事を考えながら家の中を見ていると、定々が奥から出てきた。

殺されかけたというのに、慌てる様子はない。怯える素振りもない。

それどころか、周りをのんびりと観察しているようだった。まるで他人事だ。

どうせ何も出てこないんだろうから勝手にやってくれ。期待は別の所にあるのか、そうも見える。

それならそれで都合がいい。

あの彼が目撃した殺人に定々が関わったという証拠も探すいい機会だ。

証拠集めにこれ以上の場所はない。


そうして、あちこちを見て回っているうちに、少し小じんまりした部屋へ入った。

壁には沢山の本が並び、大きなデスクの上にはパソコンもある。

ここはどうやら書斎らしい。

ドアを閉じると、廊下の喧騒が突然聞えなくなった。完全防音、なのだろう。だとすると、ここから発せられた音も外には漏れない。

そこで遠慮なく音のない部屋の中を丹念に見て回る。

ところが、


ここもか…


今回の騒動どころか、怪しいものや噂の類に関連付けられるような物は何も出てこない。引き出しの中身も、資料や書類の束ばかりが並ぶ。

諦めかけた時、ふと、ソファに目が止まった。

そして、座面と背もたれの間の一点から目を離せなくなった。

小さくて見えにくいが、一部分だけ色が違う。

僅かな違いだ。シミかもしれない。でもそこだけが周りから浮いている。

近づいて触れてみると、それはボタンだった。しかも家紋の形をした珍しい種類の物。


これって…


直ぐに頭の中の資料がぱらぱらと音を立てる。勝男の言葉が耳の奥で再生される。

ある行方不明者が、行方不明になった当日に着ていたというスーツ、そのボタン。

これはそのボタンに瓜二つだ。

そして桂がくれた写真では、ボタンはまだ取れていなかった。

このボタンはいつ取れた?


その時。閉じていたドアが開き、背後から人の気配がした。

ボタンを直ぐにポケットの中に押し込める。そして何食わぬ顔で背後の人物に顔半分を見せた。


「そこで何をお探しかな?お嬢さん」

「………」


定々だ。勿論、私を警察官だと思っているのだろう。

それらしく頭を下げ、定々の考えを否定しない。

その側には目付きの悪い男が立っていた。

だが、男の雰囲気は、SPのとも、警察官のとも、明らかに違う。

男の動きに気を付けながら、定々の側に行き、身分を明かした。


「恐れ入ります。念の為に指紋を。そちらの方もお願いします」

「そいつのは採らなくていい」

「何故です」

「いいと言ったのが聞こえなかったのか」

「何か特別な理由でもおありですか」

「わしに意見を言うつもりかね?」

「捜査へのご協力をお願いしているだけです」

「定々殿がいいと言われてるでしょう。それにどうせ裁判所からの許可もないんじゃないですか?」


そう言ったのは、弁護士ではない。沢山いるの中の秘書の一人でもない。

大した身分ではないが、肩書だけは一丁前の男。

警視庁機動捜査隊隊長、佐々木異三郎。

土方君の下にいる佐々木鉄之助、彼の兄であり、我々の身内でもあるで、あの佐々木だった。




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