公園を出て駅へ向かう途中、携帯が鳴った。
着信音を聞いただけで、長官からではない事が分かる。
そこで、人ごみの中を歩きながら電話の番号を確かめると、思わず頬が緩んだ。
それもそうだ。
相手は、面倒な話を聞かせるどこかの秘書や役所の人間ではない、と分かれば。
「もしもし?おばちゃん?」
「もしもし?元気かい?ちゃんと食べてんの?」
「元気だし、ちゃんと食べてるって。おばちゃんは?元気?」
「私?私は相変わらずさ〜。昨日もね、…」
島にいた頃に世話になった旅館のおばちゃんとは、島を離れてからも付き合いが続いている。
何度かこうして話をしたり、島の魚や農産物を送ってくれたり。私からも何か送ったり。
だから、私が日本に戻って来てから、連絡が途切れた事はない。
今日もまたいつものような話から始まった。
島の事に、旅館の事、今日はあの花が咲いた、こんなニュースを見たけど大丈夫?等。
刺激には欠けるが、おばちゃんの話はこのままでいい。
おばちゃんの口から物騒な話は聞きたくない。
でも、おばちゃんの声が明るいのも、そこまでだった。
私と少し話せると知ったおばちゃんの声が、一気にトーンダウンする。元気が無い。
こんな事、今までになかった。
おばちゃんの様子が、明らかにおかしい。
どうしたのか聞くと、おばちゃんはとうとう声を潜めた。
「あんたにこんな事頼むのは間違ってるかもしれないんだろうけど、頼りになる人が他に思い当らなくて」
「どうしたの?何かあった?」
「実は…孫と連絡が取れないんだよ」
「孫って、あの彼?」
「…うん」
おばちゃんの孫は男性で、高校を卒業してから島を離れ、現在は東京にいる。
島を出たのは私が赴任する前だそうなので、彼がどういう人物なのか、よく知らない。
ただ、顔なら分かる。
高校生の頃の写真を何度か見せられた事があり、おばちゃんに似て肌は浅黒く、背は高め。爽やかな笑顔が印象的だった。
そんな彼の父親、つまり、おばちゃんの息子は、昼は漁師を、夜や時化の日はおばちゃんとおじちゃんが切り盛りしている旅館で板前をしている。
母親は彼が小さな時に病気で亡くなっているので、おばちゃんが母親代わりを務めたらしい。
だから、おばちゃんは東京に来たその孫息子を、我が子の様に可愛がっていた様だった。
でも、成人男性が実家に連絡をしてこない、要約するとそれだけの話。大した事ではない様な気もするのだが。
喋らずにはいられないのか、おばちゃんはそのまま話を続けた。
「あの子は忙しかったみたいだけど、こっちからかけるとなるべく電話に出てくれたし、出られなかった時は後で必ず折り返しかけてきてたんだよ。でも一昨日から連絡が取れなくてね。こんな事、初めてなもんだから、心配で…」
自分でどうにかしたいのに出来ないもどかしさ。自分の力が及ばない歯痒さ。誰かに縋りたい気持ち。
おばちゃんの今の気持ちには、よく覚えがある。
その時に手を差し伸べられた嬉しさも、忘れる事はない。
それに、せっかく私を頼ってくれてるんだし、世話になったおばちゃんを蔑ろにしたくもない。
…仕方ない、な
「住所と連絡先、あと、就職先も教えて。私の方で探してみる」
「いいのかい?忙しいんじゃないの?」
「大丈夫。今の仕事、暇だから」
「よく言うよ。おエライさんとこの秘書なんて仕事やっといて」
おばちゃんの声に少しだけ明るさが戻り、直ぐに聞いた内容にも答えた。
それを呟く程度で復唱して覚える。メモを取らなくても、これ位なら忘れない。
孫の住所は中野。管轄は中野署になるが、住んでるかどうかの確認なら明日にでも自分ですればいい。
何か分かったら連絡をすると約束をして、おばちゃんとの電話を切った。
彼は一体どこにいるんだろう。
厄介な事になってなきゃいいけど。
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