一通り挨拶を済ませたので洗面所に向かう。喧騒と同じようにまだざわつくこの胸の感じを一旦治めたかったのもあるから。建物はさすがに迎賓館というだけある豪華さ。少し離れた場所にあるそこまで、せっかくだからとゆっくりと視線を這わせて向かう事にした。


「ちょっといいか」
「どうしたの?」


視界に飛び込んで来たのは高杉だった。禁煙場所だというのにシガーではなく煙草の匂いをさせているところをみると我慢出来ずに何処かの部屋かバルコニーにでも出て吸ってきたのだろう。出て来たところにちょうど出くわしたのかもしれない。仕事中だと言うと「直ぐに済む」と言い高杉は私の手首をひっ掴んだ。

連れて行かれたのは外国の映画に出てくるような大きな窓の側。人の気配があまりしないどころか先程の喧騒すら小さく聞こえてくる程にわりと静かな場所だった。冷たくなった夜風が少し肌に突き刺さる。窓が開いているからだ。少し寒い。体が縮こまりそうになるのを両腕を組んで誤魔化す。


「俺といない時はいつもこんな感じか?」
「何が?」
「その服。随分と似合ってんなぁ」


確かによく高杉に連れて行かれる店のドレスとは雰囲気が違う。高杉の好みではないと思っていたのでそんな事を言われて意外な感じが否めなかった。仕事向きだからと言うとそうか、とどころか納得したように答えた。


「今日は何時に終わる?」
「さあ?この後皆で飲みに行くかもしれないし」
「その格好でか?」
「裸で行った方がいい?」


すると高杉はクク…と笑うと私の格好に上から下までゆっくりと視線を這わせた。今更何を見るところなどあるのだろう?そう思いつつ高杉のその行為をに甘んじて受けていた。すると高杉が背後に回った時、首筋に何か温かい空気。


「ネックレス…無くて正解だったな。このドレスにゃ下品にしかならねぇ」
「だから付けてこなかったの」


言い終わるかどうか、次に首筋に感じたのは生暖かくちろちろとした滑った固体。それが舌先だと分かると同時に襲う僅かなむず痒さと皮膚が引きつられる様な感覚。


「ちょっと…」


キスマークを付けられていると直ぐにわかった。仕事で来てると言ってるのに。こんなものこんな所にいきなり付けられたら堪ったものではない。妙な胸騒ぎはこれだったのかという考えが頭を過る一方、高杉の考えてる事が、この行為の意味がわからなかった。身を捩らせた時だった。


「要さん」


沖田総悟の声だった。私と高杉を見る表情はいつものまま。無表情。見られたのか見られてないのか、その表情からは何も伺い知る事が出来ない。反対に沖田総悟の声を聞きすぐに唇を離した高杉は「後で電話しろ」と言うと沖田総悟とは対照的に満足げに笑って私の元から去って行った。


「要さん?」
「何でもない」


洗面所に行って来ると言い、私はその場から足早に離れた。



洗面所に着き首筋のその場所を確認すると、かなり濃い色の赤い痕。


…何て言おう

虫刺されで誤魔化せるかな


思わず眉をしかめたのは仕事中だというのにそう言う行為を許した自分への不甲斐無さからか、これから色んな人に言い訳が必要になった手間を面倒だと思ったからか、それとも、沖田総悟に高杉との事を見られたからか。

鏡の中の自分の顔はメイクをしても分かる程頬が紅潮している。目元が少し濡れている様にも見える。明らかに動揺しているし、その表情は「女」の顔そのものだった。


「…何この顔」


誰もいない洗面所にはその言葉がよく響いた。しかし響いたのは洗面所だけではない。私の頭の髄にも、また。


[*前] | [次#]

/6

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -