坂田の言葉の意味が分からなかった。高杉を見たか、というのはここに奴がいるという事なのだけど。単純な質問に単純な答え。なのにどうして答えられずにいるのか。そしてこんな事を一々考えている自分自身に動揺した。


「高杉も来てるの?」
「んー。さっき便所行くって言ったきり」


要と一緒かと思ったんだけど、といつもなら何て事ない坂田の言葉も、耳の中で一々大きく反響してから頭の中に響いてくる。


何この感じ…

凄くいやだ


妙な胸騒ぎとはこのような心持ちの事を言うのだろうか。とにかくざわざわと何かが自分の中で蠢いている。手にしているシャンパンを一口だけ、口内に流し入れてみても先程と違って喉越しを通る炭酸は小さな痛みだけに変わっていた。それがやけにリアルだった。

ここにいる訳を聞くと個人的に仲のいい高杉や坂田も呼ばれたという事。滅多にこういうのは来ない二人なのに。坂田の場合はとにかく美味いもんや酒を飲み食いしたいからという理由らしい。高杉の場合はビジネスが絡んでいるのだろう。国内の経済界の人間だけでなく外国の企業からも人が来ているのだから。直ぐにどうこうというわけでなく顔見せ程度のつもりだろう。それで納得した。だから私に連絡を寄越したのだ。何時ものように。


「要か」
「ああ、高杉…」


全てに合点した時、後ろから聞こえてきたのは耳によく馴染んだ声。頭の中がわりと整理出来ていたらしくその声を聞いてもそんなに驚きはしなかった。それでも何となくざわめく心持ちに変化はないのだが。それは今まで相容れない二つの世界、公の私とプライベートの私、それが一つの空間に存在する事からくる拒絶なのか。それとも何かが起ころうとしている予感めいたものなのか。どちらにしろ私にどうこう出来るわけないが。

高杉は少し不機嫌そうに見えた。自分のパートナーとして私がここにいる訳ではないからか、坂田と話をしていたからか。ポケットに手を入れ眉間に少し皺を寄せている。煙草を欲しがっているようにも思えた。

来ている理由を尋ねられたので仕事だと答えると高杉はふーんと明らかに興味無さげに返事を返してマティーニを一口だけ口に含んだ。その行為は高杉の常だった。パーティーに来る時はこうやってある意味景気をつけてから周り始める。そして一口分のアルコールが醒めた頃に車で帰る。今日は私が付いていないので何時もより早めに切り上げる気なのかもしれないが。


「あ、要さん!探しましたよ」
「ああ、ごめんね、山崎君」


山崎君が探していたらしい。私の側へ近寄ってきて少し余裕の無さげな笑みを浮かべた。そして高杉と坂田に軽く会釈をする。坂田は「どーもー」とやる気のない返事をしたが、高杉は黙ったまま。何かが気に入らないのだろう。そのあからさまな態度に呆れるとか怒るといった感情よりも先に、高杉らしい、と納得したのは恐らく私だけでなく坂田もだと思う。

挨拶が必要な人がいるとの事だったので二人を置いて山崎君とその場を後にした。すると私の様子を見ていたのだろうか。


「ありゃあ…要さんの知り合いですか?」
「まあね。学生の頃からの腐れ縁」


沖田総悟はそうですか、とだけ答えた。何時もの読めない表情、何を考えているかよく分からないあの表情。しかし今は逆にそれがよかった。「仕事」を前にしこの胸騒ぎ以外にこれ以上振り回されたくない。お陰で余計な考え事をしなくて済む。何時もの表情だと思えば別に何て事ないから。


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