坂本さんの誕生日パーティーが行われる前日。仕事を早めに切り上げたまの気分転換に利用するエステに向かう。勿論パーティーに向けての準備というのもあるのだが、ここ最近の忙しさのせいで化粧のノリが良くないように思ったから。精神的にも少しゆったりとした気分に浸かりたかったので前日のうちに予約しておいたのだが。


着いて早々、いかにも高級な化粧品の匂いに囲まれ、ゆったりとした雰囲気の中でサービスを受ける。今回はパーティーという事もあってある程度の露出の高い服を着用する予定だった。その為にフェイスだけではなく腕と背中のマッサージも受ける。肌の上を指が滑らかに踊る感触が心地よくていつもうとうとしてしまうのだが、明日のパーティーは仕事も兼ねている。にこにこと笑っていればいいだけなのかもしれないが、咄嗟に何か聞かれた時の為にプロジェクトの進み具合は頭の中に叩き込んできた。それを暗唱しながら白い清潔な台に寝そべる。

それに、ただ単に黙って寝ている時間が勿体無いようにも思ったからだ。本当ならリラックスする為に来ているのに。残念ながら自分でも相当の仕事人間だと自覚せざるを得ない。思わず笑みが零れた。


「どうしたの?そんな顔して」
「何でもない」


大学の時の同級生の脇。猿飛とも私とも仲のいい数少ない女友達の一人だ。母親と一緒にここのエステを運営し自らもエステティシャンとして、たまにその腕を振るっている。ここのエステはかなりの高級な店で、芸能人や著名人も数多く通う店として様々なメディアに取り上げられている程。花を使ったオリジナルの施行の評判も良く、かなり人気の店だ。

その為ここのエステは本来なら予約してからでも一ヶ月以上は当たり前に待つらしい。「らしい」、というのは私の場合、そんなに待った事などないから。電話をすれば脇自身がすぐに施行してくれるからだ。以前に客を後回しにしてそれでも大丈夫なのかと聞いたところ、普段はエステティシャンを教育する立場にいる為、施行する位の時間ならあるという返事だった。

こういう時に「持つべきものは友」と言えばいいのか、若しくは「えこ贔屓」と言われるべきなのか。どのみち脇自身が是非いらっしゃいと言ってくれるし、私も脇から受けるマッサージには肉体的にも精神的にもかなり助けられているので、脇のその言葉に甘えているのは事実。

施行も残すはフェイス部分だけになった。脇はいつもの様に入念にクリームを擦り込み、おでこをマッサージしている段階だった。


「ねぇ〜、要。ちょっと肌の色具合が良くなってるけど…あなた何かしてる?」
「そう?煙草の本数が減ったからじゃない?」


それもあるかもしれないけど、と言うと脇の指がちょうど私の口元へと伸びてきた。瞑っていた目を開けると脇と目と目が合う。すると赤い唇を綺麗な半月型にし、脇はにっこりと微笑んだ。


「あなた…恋でもしたんじゃない?」
「…冗談でしょ?」


冗談で言ってるだけなのか、本気で言ったのか。その笑顔の意味がどちらともとれず、思わずそう返すと「冗談よ」と面白そうに笑って答えた。だが自分で思っていたのとは違い、以前よりは色具合が良くなってきたのは事実らしく、なるべく煙草は控えた方がいい、とついでにもっともな事も言われた。


煙草を止める…ね…

だったら誰かに恋した方が早いかも


そんな事を言ったら脇は私におかしな視線を投げつけるかもしれない。脇も私という人間を知っててそのような冗談を言ったのだろうが。自分でもこの言葉の意味が馬鹿馬鹿しく思えた。あまりにも「私」らしくないから。


「ねぇ、私、本当に恋してるかもよ」
「…そうなの?」


そう言うと脇は私を見下ろしながらやはり不可解な顔つきになり、「冗談だって」と言うと私はマッサージを受けていた口元を歪ませて笑った。


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