それを確認するかのように落ちている銀杏の葉をゆっくりと踏みしめて歩くと、足元の周りの葉っぱがひらりと少しだけ避けていった。自分の意志とは無関係であろうに楽しそうに軽々しく揺れ動く様が、葉っぱの黄色と周りの闇の黒とのコントラストと相まって、余計に目に焼きつく。珍しく足元をじっと見ている自分自身に気づき、それがやけにおかしくて不意に笑みを零した。


「要さん?」
「…ん?何でもない」


顔を上げて沖田総悟に返事を返した。すると何を思ったのだろう。焼酎の入った袋を手にしている右手とは反対の左手を、不意に私に差し出してきたのだ。今度は私が沖田総悟に疑問を投げかける番だった。意味が分からず堪らずに聞いてみる。


「銀杏。踏むと滑って転びますんで。滑らねぇように、手」
「…え?」


私の右手を寄こせと言いたいらしい。確かに銀杏を踏むと滑るのは知っているけど、そこまで銀杏は落ちてはいないし踏んで転ぶほど私も子供ではない。冗談で言ってるのかと思いきや沖田総悟は私とは逆に何の表情も浮かべていなかった。にこりと笑いもしないで。

こういう時に沖田総悟のその普段の顔つきは困る。何を考えてるのか、手の内を明かさないところが。そのくせ土方をおちょくる時等、悪い事を考えたり成功させた時は“にいっ”という形容がぴったりな笑顔を浮かべる。どうせなら喜怒哀楽のはっきりしている高杉の方が私としては扱いやすい。それに慣れてしまったとうのもあるのだろうけど。


「これ位の銀杏じゃ踏んだってどうって事ないって」
「一個でも滑る時は滑るもんですぜ」
「別にそれは銀杏に限った事じゃないでしょ。道端の石ころでだって転ぶ時は転ぶもの」
「だったらずっと手を繋いでりゃいい」
「滑って転んだって別にいいでしょ」
「ふ〜ん。ま、俺だって滑ろうが転ぼうが別に構いやしませんがね」


そこまで言うと流石に沖田総悟も何も言えなくなってしまったらしい。この荷物だって台無しにするわけにはいかないんで、と言うと私に差し出していた手を引っ込めてポケットの中へと入れてしまった。しかし相変わらず私を見る目はそのままの目。落胆するだとか怒るだとかそういう感情すら見せない。しかし何ものにも囚われていないその目は濁りを捨てて真っ直ぐに私を見ていたらしい。


「要さん、あんた何をそんなに怖がってんですかぃ」


どういうわけか、その言葉が私の耳元に飛び込んでくると煩い位に頭の中で共鳴した。私が一体何を恐れているというのか。沖田総悟は私の何を分かっているというのか。表情を表さない目が余計に私の頭に混乱を与える。何を考えているのかさっぱり分からない。


「私が?何も怖がってなんかないけど」
「だったら、手を繋ぐ事位なんて事ねぇでしょ?初めてってわけでもねぇだろうし。それに痛ぇ思いをしなくて済むんなら別にしなくてもいいと思うんですけどね」


私は別に人に迷惑をかけたくないだけだと言うと「迷惑だったら最初からそんな事言いませんぜ」とあっさり答えが返ってきた。確かにそうかもしれないが私自身の気が済まない。他人を巻き込むのは私の理に反する。だったら私一人が我慢すればいいだけの話、そう思って今までやってきたから。

しかしそこまで私が言うと沖田総悟の性格上「迷惑だとも思ってない」と今度は言い返してくるだろう。どう言えばいいのか、私が考えあぐねて何も言えずにいると、沖田総悟はポケットに入れていた手を取り出し、再び私の方へと差し出した。


「で、どうすんですかぃ」
「………」


相変わらずの目つきのまま最終通告ともとれる言葉を吐いた。これ以上言っても無駄な言い争いが続くだけだと思ったし、そこまで拒むのも子供じみてて馬鹿馬鹿しかった。

差し出された手にそっと自分の手を重ねる。すると沖田総悟は私の手をしっかりと握り返し、先へと歩きだした。

私のよりもほんの少しだけ大きく、私の体温よりも少し高い掌は、冷たい秋の夜風にぴったりの温度だった。そして意外に力強さが伝わってくる掌と一緒にひらりひらりと舞う銀杏の葉を後にしていく。


「転んでそのお酒を台無しにしても私は責任とらないからね」
「そうしたら山崎にでも買いに行かしゃいい」
「…蔵元にまででしょ?」
「ははっ。さすが要さん、よく分かってる」


そこまで言うと沖田総悟はやっと笑顔を浮かべた。あの“にいっ”という笑いを。



それにしても先程の沖田総悟の言葉…。何を恐れてると言いたいのだろう。人に迷惑をかける事か、他人に気を許す事か。それとも、沖田総悟とこれ以上深く関わる事か。


今すぐ考えたってどうしようもないのかもしれない。それは自分でも意識出来ていないから。そんな想いを抱いていたら私は徹底的にそれを乗り越えようとしているに決まっている。今までもそうだったしこれからもそうだと思う。それに私がそんな想いを抱いていたって私自身はきっと変わらないだろう。それも「どうしようもない」という事実。

それにしても今の私にとってその事に思考を割く事は難しい状況にあるのも本音だ。何故なら酒を買いに行かされる場合になった時に見せるであろう山崎君の落胆と驚きに満ちた表情の方へと、容易に想像力が働いてしまうから。特に沖田総悟のこの独特の笑顔を目の当たりにしてしまうと。

この二つの表情があまりにも対照的で可笑しくて。意外に自然と笑っていた。


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