あのジメジメした空気もどんよりとした空も終わりを告げ、やって来たのは蒸し暑いねっとりとした絡みつくような空気と、圧倒的な存在感を押し付けてくる照らし出された太陽。

この間からの具合の悪さは相変わらず続いている上にこの天気だ。いつもの私なら朝からまた盛大な溜め息を吐き、今日一日の仕事内容を悪態を吐きながら頭の中で整理して会社へ向かう。

しかし今年は違う。今日一日アレをしたい、これを提案したいと積極的に考え、その仕事を楽しみにしている自分がいる。仕事の内容や周りの環境が変わり、何だか毎日が幸せに感じる。しかしそれだけで幸せを感じるなんて、と我ながら単純で安い女だと思い直して溜め息の代わりに自分に向けて小さく自嘲気味の笑みを零した。

さあ、季節はいよいよ本格的な夏を迎える。

一昨日洗濯をする為に持ち帰ったスポーツクラブでの着替えを詰め込み、私は青空の中へ体を投げ出した。



あの日、近藤さんに誘われてから、近藤さんの下で働くようになったあの日からの変化は、朝から顕著に表れていた。それは課長からの訳の分からないお願い事と私の機嫌を取る様な笑顔が減った事。以前なら、これだけでも考えられない事だった。加えて出来ない女の子達の尻拭いもしなくていいようになった。

そして一番の変化は、周りにいる同僚が変わった事。私の事を理解してくれる人達が周囲にいてくれるようになったお陰で、余計な気を使ったり笑顔を作る必要はあまり必要としなくなった。仕事の量そのものは減っていないし今までと違ってプレッシャーは感じる。でも何故だか集中力が保たれ、仕事が楽しくて仕方がない事も私にとっては変化の一つ。


「要さん、置いとくぞ」
「すみません、近藤さん。ありがとうございます」


資料作りに追われている私に近藤さんがコーヒーを持ってきてくれた。私の好みを知っているのか、コーヒーを誰かに教わりながら作ったついでに聞いたのか、はたまた偶然なのか。コーヒーは何も入っていないブラックだった。

エアコンの効いたこの部屋の中、ただ座っているだけなので体が段々と冷えてきたのを感じていた。具合の悪い時は私にとってはこの方がいいのだが、それでも熱く湯気の立つコーヒーは迷惑じゃない。一口飲むと、コーヒーは私の体の奥まで染み込んできた。優しく、温かく。

私がふう、と思わず一息つくと、近藤さんはいつものようにニコニコと笑いながら体の具合はどうだと聞いて来た。土方から聞いたのだろうか、それとも私の顔色が相変わらず悪いままだから分かってしまったのだろうか。その目は私の顔色を伺っているかのようだったが、いずれにしろ私はそこで正直に「はい」とは言えない。なぜなら近藤さんのこの笑顔を何だか裏切る様な気がしたからだ。

近藤さんの事はとても尊敬している。同僚としても、人間としても。懐は深い上に仕事も出来て信頼も厚い。そんな人が私を誘ってくれた、あんな退屈な日常から私を拾い上げてくれた。だから何とか期待に応えたい。私の体なんかのせいで近藤さんに迷惑はかけられない。多分土方や山崎君も同じ気持ちなんだろう。皆の思いは私にも分かる。だから皆にも迷惑はかけられない。だから尚更言えるわけがない。

そしてもう一つ分かっている事は、この人はとんでもなくお人好しな部分があるという事。近藤さんの事だ、言ってしまおうものなら私の体調を気遣ってしばらくの間は何か雑用めいた、別に私で無くてもいいような仕事を回してくるだろう。


ごめんなさい、近藤さん

私は大丈夫だから


しかもこのプロジェクトの成功は近藤さんだけでなく、私のキャリアにおいても大きな意味を持つ。ここで前のように雑用なんかの仕事を回されるわけにはいかない。


「近藤さんこそ暑いからって、バテないで下さいよ。あなたが倒れたらあの人達を引っ張って行ける人間がいなくなりますから」
「俺がいなくても、いざとなったらトシがいるから大丈夫さ」


私は近藤さんににこりと笑みを返して軽く冗談を言うと、近藤さんは大きく笑って答えた。明らかに私への注意を払い忘れ、信頼している土方の話をし出した事を考えると、やはり近藤さんはお人好しなんだと思う。今回それは私にとっていい方に働いてくれたのには違いない。


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