それは席に着き、いつものように私の分だけワインを頼んだ時だった。その店の馴染みのソムリエにグラスを二つ頼んだのだ。私の分と高杉の分の二つのグラス。高杉は車の運転があるので、こうやって少し自宅から離れた所で食事をとる時はアルコールの類は取らないのだが、


「…飲むの?」
「たまには一口位つきあってやる」


そう言って高杉は私をじぃっと見据えて、また口角だけつり上げて笑う。でもその目はいつもと違って見えた。その目は何と言うか、私を抱いている時にたまに見せるあの表情。

ほんの一瞬だけれども私は気づいた。でもこの表情の意味だけはまだ分からないでいる。何年経っても、これだけは分からない。でも高杉にはあえて言わない。多分どうしたかなんて言われるのは嫌だろうから。高杉の考えてる事なんて分かっている。だって誰よりも高杉を知ってるのはこの私。私に似てるから。だから嫌がられる事はしない。高杉が私にそうするように、私も高杉に対してはそう。


高杉は本当に一口だけワインを口に含み、食事をとって、そのままいつものように高杉のマンションへ向かう。車を地下の駐車場に止め、高層階にある奴の部屋へと二人で向かった。

高杉の部屋は白と黒を基調にしたシンプルモダンな部屋。シンプルと言えば聞こえはいいものの、実際はほとんど物が置かれていない、広くて殺風景な部屋だ。リビングは大きいテレビと部屋の広さからしたらそれほど大きくはない革張りの黒いソファとテーブル。仮にも今話題のお店二軒のオーナーとは思えないこの味気なさに、観葉植物やバカラが沢山並んでるようなボードでも買ったらどうかと勧めるも、誰も来ないからいいのだと言う。

寝室も広さは二十畳ほどあるのに、ベッドとテレビだけ。真白いシーツに真っ黒な掛け布団のカバー、白い壁に真っ黒いカーテン。ここも白と黒で統一されていて、いかにも高杉らしい。それら以外にはほとんど何もない部屋。


部屋に入りリビングにいると、しばらくして雨が降り出して来た。窓から下の夜景を見下ろす。打ちつけてくる雨の音を聞きながら、窓ガラスに一粒、二粒と小さな雨だれがどんどん下の方へと落ちて行くのを眺めていた。その先にはきれいな夜景が広がっているものの、いつの間にか私の後ろに回っている高杉に抱きしめられて、その光景を眺める余裕を奪い取られてしまった。

高杉は既に上半身だけ裸になっている。いつも部屋に入ってくると上半身裸になるか、ネクタイを取りボタンをすべて外して胸元をはだけさせ楽な格好をする。そのために今自分が抱きしめられている背中からは高杉の体温が余計生々しく感じる。その温かさが。

でもいつもの高杉の上半身なのに、何故だかいつもより熱く感じた。私の胸元に両腕を回し、首元に顔をうずめる。高杉のさらさらした髪の毛からは、高杉のいつもつけている香水の匂いがした。


「…どうしたの?珍しい」
「お前銀時に会ったらしいな」
「それが?どうかした?」
「俺との約束は反故にしたくせに、銀時と会うたぁどういう了見だ」
「別にどうだっていいでしょ?高杉こそ一体どういう了見…」


言い終わらないうちに後ろを振り向かされ噛みつかれるような激しいキスをされる。首がおかしな角度に曲がってるせいか、酷く苦しい。いや、苦しのはそのせいだけじゃない。高杉の腕が片腕だけれども、男の力だとはっきり認識させるその力で私の胸元をぎゅうっと抱きしめてるせい。高杉の舌が口内を激しく吸ったり動き回ったりして、呼吸は出来るのに舌の根元の方が高杉の激しさについて行けないせいで。酷く苦しい。全身が、息が、何もかも。

身をよじって体の向きを変え、やっと高杉と向かい合うようにキスを続けると、そのまま私の体を窓際に押し付けて首元へと舌を移動させた。


「…今日はずいぶん盛ってんだね」
「…うるせぇ」


テメーが悪ぃんだろうが。と呟くと私の服を乱暴に脱がしにかかった。高杉の熱い息が鎖骨にかかるだけで、私の中で色んな部分が反応を始める。もう何年もの付き合いだ、お互いのして欲しい事、感じる部分はイヤと言うほど分かっている。私が反応したのを確認すると高杉は私の両足を自身の腰に巻き付けさせ、そのまま私を持ち上げる。そしてそのまま寝室の方へと抱きかかえて運んだ。


そのままベッドになだれ込みながらもお互いを求めあう事は止めない。しばらくして、高杉も私ももうだめだ、という所までくるその時だった。

また高杉があの表情をした。

今度は一瞬じゃない、私の顔をじいっと見てあの表情を浮かべたのだ。何も湛えてない様な右目だけれども、いつもの冷めきった感情の無い目ではなく、ハッキリと悲愴の感を滲ませている。やけに黒目の部分が真っ黒く、大きく感じる。


「…な…に?」
「…お前は俺のもんだ」


初めてだった。初めて高杉が私に自分にとって私の存在が何たるかを知らしめた瞬間だった。ただ私をそのままじっと見据えて私に触れていたその両の手は優しく髪の毛を撫でてくれている。私がされて好きな具合に。セックスの終わった後ではなく、その真っ最中に。

何を血迷った事を、と冗談めかして言うつもりだったが、高杉のそれらの行動が私の喉から出かかってとどまらせた。気まぐれかもしれないけど、少しだけ本気の様に感じたからだ。でも例えそれが十分本気だったとしても私にとっていうべき事は只一つ。


「私は誰のものでも無い。銀時のもんでも、あんたのものでも無い」
「…言うじゃねーか」


高杉はそう言うといつもの様に私を再び抱き始める。高杉が何を望んで、どんな言葉を待っていたのかなんて知らない、分からない。でもその言葉を口にした時は少なからず本気だった事、そして自分とは会わずに二人きりで会った坂田に嫉妬していた事、それを私に知られたくはないんだろうな、という事は分かった。

だからこそこう言うしか無かった。高杉なら分かってる筈だ、いや、高杉だからこそ分かっている筈。私の本心を。


誰のものでもない

私は私


だから高杉はふっと笑ったのだと思う。ああ、やっぱりそうか、という意味で。一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべて。でも私からしたら本当の事であるし、嘘を吐いた所で高杉にはバレるに決まってる。そしてこんな私がいいのだと高杉は確認したに違いない。


こんな冷たい女…

あんたこそよっぽど可愛げがないっての…


高杉のいつも吸ってる煙草と、いつもつけている香水と、ちょっとだけ飲んだワインの香りに包まれて今日も私は高杉と一緒に落ちて行く。

暗い暗い奥底まで。二人一緒に手を取り合って。


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