そして問題の金曜日がやってきた。私は起きてすぐ毎日の日課であるカーテンを開けて天気を眺める作業を進める。するとこの時期としては珍しい事に雲一つない青空が目に飛び込んで来た。

それから昨夜のうちに選んでおいた服―白のジャケットに適度にスリットの入った白のタイトスカート、インナーはその部分だけ目立ってもしょうがないのでライトグレーのカットソーを用意し、小物もアクセサリーも全てそれらに合わせてチョイスした物―をバックに詰め込む。雨用にと用意したもう一通りの服をそのままに、私はいつもと変わらないようなスーツに着替え、家を後にした。


就業時間も終わり、持ってきたスーツに着替えて準備を始める。更衣室では煙草も吸わずさっさとオフィスに戻った。なぜなら煙草の臭いが付いていると先方の方に失礼だからだ。


「お前随分気合い入ってんな」
「当たり前でしょ。そういう土方こそ私の今までの努力を無駄にしないように気合入れてよ」


そう言うと土方は「ったりめーだ」と軽く嫌味を言い小さく笑った。


私だけが頑張ってもどうしようもないのよ

ドジ踏まないでね


私も土方に対抗して心の中で冗談めかして毒ついてみる。土方のこのプロジェクトへの思い入れは私が傍で見ていたのでよく分かってるつもりだった。だからここは敢えて言わないでおく。私の精一杯の反抗は土方に一笑に付されて終わりだろうから。

しかし私や土方の思いを知ってか知らずか、プロジェクトの責任者である近藤さんは随分のんびり構えたものだった。私や土方など知ってる連中がいるから安心なのだろうか、それともよっぽどの自信があるのか。ひょっとしたら、その両方なのかもしれない。

この人はすごく人を信用しやすい。だから大事なプロジェクトでも私や土方ならともかく新人の沖田総悟までこのプロジェクトに引き抜いのだろう。そして沖田総悟は私達の予想以上の働きをしてくれた。それも近藤さんへの恩があるらしく、近藤さんという人柄がこうやって人を導き出す。私は何度かそれを見て来た事がある。それを考えるとある意味才能なのかもしれないとさえ思う。

近藤さん、行きましょ。と言うと近藤さんは相変わらずのんびり構えたまま「おう、そうだなあ」と呑気に返事をした。その緊張感の無さに頼もしさと同時に私は一抹の不安を覚えた。そして近藤さんを筆頭に私と土方、山崎君に沖田総悟の五人はオフィスを後にした。


会食の場所はあるホテル内の日本料理屋。私達が通された部屋は広さが20畳位はあるだろうか。畳の匂いがまだ新しく、床の間には大きな生け花と、柿右衛門と思われる見るからに高そうな陶器が飾りの役目として並べられている。

約束の時間より二十分ほど早く着いた私達のすぐ後に専務も登場。すると、さすがに近藤さんも緊張してきたらしい。何やら顔面が強張っている。


「近藤さん、大丈夫ですよ。私も土方もついてますから」
「…悪いな、要さん」


いや、面目ない、と言うと近藤さんは苦笑いを浮かべた。そう、ここまで来てがちがちに緊張されて、ぶち壊されるのは御免だ、いつもの近藤さんでいてくれれば構わないのに。

するとちょうど先方が到着したらしい。係の方の案内の声が襖越しに聞こえたところで、その襖が思いきりよく開かれた。係の方が開ける前に自分で開けてしまったらしい。少し驚きつつ、すぐに立ち上がり出迎えようとして、その先に視線を向ける。

と、どこかで見た事のある顔がニコニコしながら私の目の前にやって来た。


「おんし、要じゃなかか?」
「え?」


その男は私を見るなり確かに私の名前を呼んだ。向こうの会社の人でこのような土佐弁を話す人とはまだ接触を持っていない。私が考えあぐねていると、その男は室内だというのにサングラスを外さないまま、


「わしゃ経済学部におった辰馬じゃ。坂本辰馬。懐かしーのー」
「……あ…」


そこまで言われてようやく思い出した。同じ大学にいた人物だ。私や高杉とは学部が違っていたもののよく高杉と仲が良さそうに話していたのを思い出す。私が彼の事を思い出したのが嬉しかったらしい。坂本さんはすごく喜んでとびきりの笑顔を向けて来た。一応仕事中でもあるのにも関わらず全く濁りのない無邪気な笑い方。すぐに分らなかった事を詫びると坂本さんはそれでもその表情を崩す事なくすぐに酒の用意をさせる。


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