ホテルで過ごすのも五日目。仕事でこんなにオフィスを空けるのなんて。初めてだ。それに土方とずっと二人きりなのも。でも苦にならなかった。頼まれて無理矢理来たわけじゃないし、同行者が土方だから。ストレスにならず、仕事も出来る。入社して初めてかもしれない。ハゲ課長に感謝するなんて事。

でも一人だけ、異を唱えた人間がいた。沖田総悟だ。土方が同行すると聞いて面白くなかったらしい。散々文句を垂れ、終いには近藤さんにまで。暴言を吐いた。

仕事なんだからどうにもならない。頭では分かっていても、言わずにはいられなかったのだろう。そうして知らしめたいのだ。私と関わると面倒が起きると。

小さな独占欲の表れ。程度の低い可愛い嫉妬。とでも言えばいいのだろうか。本気じゃないのは分かっている。それに彼の気持ちを分かってる近藤さんも何とか言いくるめていたが。笑うしかなかった。




「明日が誕生日だったのか」


夕食時、その土方からそんな話を聞いても「ふうん」とだけ。言葉を返した。誕生日を知らなかった。それに私は側にいれもしない。土方は意外に思ったようだが、聞かなかった。それに誕生日を祝うなんて発想、彼にはないのかもしれないけど。時期が時期だけに、私に遠慮があったのかもしれない。


「………」


窓に近づく。電波の状態を安定させる為。見ると外は雨だった。視線を下ろすと、タクシー待ちの傘が列を作っている。その列を見ながら指を携帯へ。意識を耳に。澄ましていると、直ぐに聞きたい声を聞く事が出来た。けれどどうも周りの音が紛れてくる。やけに騒々しい。山崎君と近藤さんの声で全てを理解した。


「お疲れ様。付き添いも大変だね」
「まあいつもの事なんで。そっちは?」


キャバクラにまた行ってるのだろう。ざわめきの中の山崎君の叫び声が次第に遠くなっていく。場所を移したのか、こちらの話が終わる頃には沖田総悟の声だけ。耳に届いてきた。

それから向こうの仕事、東京の天気、皆の事を聞く。けど、何も変化はないらしい。相変わらずのハゲ課長に仕事、雨。聞いて、帰ってからの事が容易に想像出来る。また空を気にし、会社に行ってハゲ課長にうんざりし、仕事をこなす。そして近藤さんや土方、皆に囲まれて日々を過ごす。勿論沖田総悟もその中の一人。


「明日誕生日なんだって?」
「…ええ、まあ」


いつも以上、それは抑揚のない声だった。驚きからくるものではない。折角黙ってたものを、という気持ちからくるものだろう。それ以上言わなかった、何も。おめでとうなんて言われる柄でもないだろうし、私から聞きたいわけでもないだろう。

そのまましばらく沈黙が続いたせいで、何を考えているのか。さっぱり分からない。それに今どんな顔をしているのだろう。いつものままなのだろうか。困ったような顔をしているのか。土方から聞いたと気づいているだろうから、口元が歪んでいるのかもしれない。

こう巡らすのは沖田総悟の事をまだよく分かっていない、という事。土方や近藤さんのように堅実ではないし。坂田のように無気力でもない。高杉の様に何気に真意が汲み取れる訳でも。一言でいえば、本当に会った時の印象のまま。


クレバーな奴


そんな表現がぴったりなのは私の周りでは沖田総悟だけ。だから全く読めない、掴めない。でも向こうは心にずかずか入り込んでくる。余計戸惑う。それに強引で引く事をしない。子供で大人。寂しがりで人嫌い。

だからこそ知りたいと思う様になった、沖田総悟という人物を。そしてもっと関わりたいと思う様になった、彼という人間と。

その人間に興味を持つなんて一瞬の出来事だったり、一つの理由だったり。小さな事から始まるものなのだろうが、声を聞きたい、会いたい、触れたい、もっと知りたい。そういう欲求が生まれてくるのは、一歩進んだ感情から生まれてくるものだと思う。

だとすれば私の中ではそれを恋と呼べるのかもしれない。沖田総悟に対するものも。もしかしたらそう言えるのかもしれない。


「明後日帰るから。何か奢る」
「土方のヤローは?」
「一緒がいい?」


激しい拒絶の言葉にまた苦笑いを浮かべた。土方が聞いてたらきっと激怒してる。


雨はまだ降り続いている。窓を濡らし、傘の列は絶えないまま。七夕にこんな天気なんて。きっと織姫も彦星も下界から見られなくないのだろう、自分らの逢瀬を。一年に一度、折角の二人きり。誰にも邪魔されず過ごしたいと思うのも無理ない。

ただ、明後日は晴れて欲しい。久しぶりに彼と手を繋いで歩きたいから。

なんて柄にもなく、こんな事を願うなんて。もしかしたら坂田の言う通りかもしれない。


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