Tシャツにスエット、バスタオルを頭に巻いてから、ユニットバスのドアを開けた。

誰もいなかったはずの部屋の中には男が六人。その内の二人は鎮痛剤か何かを打たれているのか、ぐったりしている。

神威と、阿伏兎だ。


「何でここに」

「大事を為す前に人員を割くわけにいかないからだ」

「ああ、私、よっぽど信用されてるんだ」

「あんたは段蔵さんのお気入りだからな」


返事はしなかった。出来るはずもない。

気に入られているのかどうか。何を考えているのか。

数日経っても、段蔵の事は、まるで分からなかったから。



二人に手錠をかけた男達がさっさと出て行ってから、数十分後。

先に阿伏兎が目を覚ました。


「…クソが…」


状況を察し、誰に言うでもなく忌々しげに呟いた後、阿伏兎は隣でぐったりしている神威を両足で蹴りつけた。


「…あり?」

「あり?じゃねぇよ、団長。こりゃあ、嵌められたみてーだぞ」

「へえ〜。ま、いいんじゃない?何か楽しそうだし」

「…はあ〜っ?!」


私に気が付いたのか、この状況が本当に楽しいのだろう。神威が嬉しそうに笑う。

いつもこの調子なのだろうか。坂本とそっくりだ。そう考えたら、陸奥さんと阿伏兎が少し重なって見える。

神威はしかめっ面の阿伏兎にではなく、私に目を向けた。


「お姉さんはあいつらの仲間…じゃないよね?歌舞伎町のあの店を探ってたんだから」

「………」

「狙いは俺達?それともあいつら?」

「教えてあげる。あんた達がどうなろうと知ったこっちゃないのは確か」


私の冷めた視線にも神威はただ笑ったまままだ。むしろ想定の範囲内だと言わんばかりに余裕にさえみえる。


「そっか。じゃあ俺もいい事教えてあげる。今の春雨を指揮してるのは誰でしょう?」

「…阿呆、でしょ」

「うん、正解。じゃあ居場所を知ってるっていったら、助けてくれる?」

「…っあっ!ぺらぺら言うんじゃねぇよ!このスットコドッコイ!」


阿呆もまた人身売買や薬の売買で国際手配されている犯罪者で、鳳仙がいなくなった後の春雨を束ねてもいる男だ。

いわば神威の上司でもある男だけど。何故売る気なのだろう。理解出来ない。

神威の意味不明な微笑みに、阿伏兎程ではないにしろ、眉間を寄せた。


「悪い話じゃないでしょ?春雨を壊滅に追い込めるかもよ」

「あんたのいる組織でしょ。何で」

「俺は強い奴に興味があるだけで、あんな組織、別にどうだっていいんだよ」

「でも彼らが私を殺すとは限らない。だから私にはこの話にのらなきゃいけないメリットがない」

「あるよ。例えあんたがあいつらに殺されなくても、俺と阿伏兎をこんな目に遭わせたんだから、あんたと奴らはきっと春雨に追われる。この国だとメンツって言うんだっけ?そういうのを重んじるのは春雨も一緒でね」

「………」

「春雨と奴ら、相手にするの、どっちが面倒臭いと思う?」


段蔵以外はチンピラの集まりでしかない外の連中と、国際指名手配犯を数多く抱える外国の組織・春雨。

答えなんて分かりきっている。


「俺が生き延びたら春雨に手出しさせないけど」

「………」

「だからあんたがあいつらを裏切れば、少なくとも、あいつらに殺されなくて済むようにしてあげる」


神威は賢い。これは真っ当な取引だ。

正直、春雨の事なんてもう興味はない。姉さんの仇は討てたのだから。

ただ、阿呆の事を本当だと仮定した場合、明日の事を考えたら、のって損はない話だとは思う。

でも素直にうんと言えない。

結局、神威自身が私を殺すと言ってる様な物だからだ。


「それともまさか死ぬつもりじゃないよね?」

「………」

「がっかりさせないでよ?やり応えのない人間を壊したってつまらないから」

「あんた、よっぽど楽しい環境で育ったのね」

「お姉さんこそ」


それは私が誰よりも知っている。否定なんて出来るわけがない。

ニコニコ笑う神威に私も笑うしかなかった。



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