重苦しい会議室、そして寒々しい廊下から、暑苦しくて、煩い、一課へ。そのまま向かった。

机の上の書類の山さえ見なければ、ここの部屋は俺の居場所だ、と言ってもいい。

だが有給休暇の取得を言い訳にされた謹慎処分の身となった今じゃ、俺はこの場にいてはいけない人間だ。ここは俺の居場所では無くなった。

そうなると、俺がやらなければならない書類の山、その下にある見慣れた机さえ、触れてはならない他人の物の様に思う。

それだけじゃない。

俺は素性を全く知らない赤の他人達に取り囲まれている。そうも感じた。仲間だと思っていた連中を、犯人でも探すような目で見てしまう。


その周りでも俺の処分の話が広まっているのだろう。皆表情が硬い。

遠巻きに見てくる連中の中には、明らかに俺を疑った目で見てくるのもいて、その白く絡みつく視線は、俺の喉元を確実に締め上げていく。

居場所ではなくなったここでは、空気を吸う事さえ難しくなったというのか。


「土方さん!停職って本当なんですか!?」

「…嘘ですよね?」

「ここはこれからどうなるんですか?」


だが中には口々に俺の名を呼び、こんな状況でさえ俺を頼る連中もいる。

溢れそうになっていた負の感情が爆発する前に、俺は笑った。


「土方さん…」

「山崎、さっきの話、後を頼むぞ」


唇を固く結んだ山崎にそう言い残し、俺は力を込めて、押し戻し式の一課のドアを、出ていく為に引いた。




理由は分からない。

だが気が付くと、俺は棗の家の近くへと来ていた。

ここへ来てどの面下げて会えばいいってんだ。何の話をすればいい。

…帰ろう。

直ぐに踵を返そうとしたが、足が言う事を聞かない。そして同じ事をぐるぐる考えて、また足を。

そんな馬鹿な事を繰り返している時だった。耳の下で巻かれた黒の短めの髪、大きめのサングラス、ショート丈のジャケットに黒い皮のミニスカート、ブーツ姿の女が敷地から出てきたのは。

俺にはそれが一目で棗だと分かった。

だが変装してどこへ行くつもりだ。

気になった俺は、家に帰るのも、声をかけるのも止め、そのまま後を付いて行く事にした。



山手線に乗り、高田馬場で降りた後、棗は誰かが運転する車に乗った。

俺はその車の後を拾ったタクシーでつけたのだが。スピードを出したり、緩めたり、迂回したり、わざと路肩に寄せたりで、走り方が普通じゃない。追尾を恐れているように見える。

何かがある。

謹慎中だと言い渡されても、すぐに警察気分が抜けるわけでも、染みついた嗅覚がそう簡単に大人しくなるわけでもないので、自分の勘を信じてそのまま後を付けた。

すると車は羽田の近辺でようやく停まった。


…何だってこんな所に


工場の跡地だろうか。棗の背中は大きな暗闇が広がる得体の知れない建物の中へと消えていった。

建物に入るまでの道に照明はないが、周りの工場の照明や曇っていない天気のお陰で、辺りは比較的明るい。

そこでそっと後を付いて行くと、棗は誰かに連れられ、話をしているようだった。だがそれが誰かは分からない。

誰だ。

嫌な動悸が耳の奥でこだまするが、頭の中は自分でも驚く程落ち着いていた。

だから携帯を探し、山崎に連絡を取ろうとしたのだが。それは後頭部に受けた衝撃のせいで叶わなかった。

ガン!という音が大きく鳴り響く耳の奥。それと頭蓋骨。一歩遅れてやってきた手足の痺れ。加えて目の前が真っ暗になりかかる。

月明かりを頼りに必死に意識を持ち直そうとしても、それを遮るかのように、今度は腹を思い切り殴られ、力一杯背中を踏みつけられた。胸の辺りからは骨が砕けた音まで聞こえてきやがった。


処分が取り消しになっても、これじゃあすぐに復帰出来ねぇだろうが


言いたくても口からは血の泡しか出てこない。やり返したくても体が言う事を聞かない。

しかも、体中を駆け巡る怒りより、僅かに芽生えた絶望感に引っぱられるように、意識が遠のいていく。が。

少なくとも四人。俺を殴り蹴る連中は、そんな俺をせせら笑いながら、更に暴行を続けた。


そして何も感じなくなった頃。そのままズルズルと引き摺られて、どこかへ連れて行かれた。

そこで俺を待っていたのは、棗と、


「段…ぞ…」


破滅


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