息せき切って路地を走る。
走る。
走る。
後ろからシズちゃんの声が何かを叫ぶが、耳を貸さずに走る。
靴を鳴らす、路地に落ちていたヘッドフォンからはノイズだけが漏れていた。
「っち…!」
顔を上げればそこには、突き当たりの壁が立っていた。
小さく舌打ちをし、振り返る。突き当たりの壁に背を向ける。
「……手前…」
シズちゃんは俺に迫ってくる。当然だ、俺を追い掛けて来たのだから。
「ごめんってシズちゃん、そんなに怖い顔しないでよ」
肩で息をしながら、もう限界に近い体力を振り絞り声を出す。
そんな俺とは反対にシズちゃんはまだ余裕があるようだけど。
「誰が怖い顔にさせてると思ってんだ、臨也よお」
「っ…はは、それは俺だけど、さ」
またいつものように下らない喧嘩腰の会話をしながら、俺達の距離は確実に縮まって行く。
「昨日、俺はお前に何て言ったか覚えてるか?ああ?」
シズちゃんは眉をかなりしかめ俺を睨んで来る。
「…覚えてるよ、『明日は予定空けとけ』だっけ?」
少し息が整って来た。先程よりかはいくぶんスムーズに言葉を吐き出せた気がする。
「覚えてんなら、何でこんな事になってんだ…!」
嗚呼、もうこんなに近くになっちゃったんだ?
金髪が俺の視界を埋める。
煙草の香りが鼻をつく。
俺の目の前には、綺麗な顔を怒りに歪めたシズちゃんの顔どアップ。
「何でお前、他の奴らにちやほやされてんだ…!!」
………そんな事言われてもね、と内心で肩を竦める。
今日は俺の誕生日だ。
だから俺の恋人のシズちゃんは俺を祝ってくれようと、色々と準備してくれたらしい。
だが残念な事に、必要不可欠なポジションに居るはずの俺は、当日に新羅の家で、帝人君を始めとした色々な人と一緒に鍋パーティーをしていた。
その現場を見つけたシズちゃん超激怒。
俺逃げ出す。シズちゃん俺を追い掛ける。
そして今に至る。
「いいじゃない別に。俺が誰と鍋パーティーをしようが」
「そういう意味じゃねえ!何で予定を入れてるのかを俺は聞きてえんだよ」
近くで叫ばれて耳が痛む。シズちゃんは何でこんなに声が大きいんだろうねえ…。
「だってシズちゃんより前に誘われてたんだもん」
「それでも普通はっ……!!」
顔をしかめたシズちゃんの後ろから太陽が照り付ける。
いや、そろそろ沈み始めるかな…。
「シズちゃん、」
俺は目の前の金髪に呼び掛ける。
「…んだよ」
返って来た返事はかなりやけくそというか、機嫌が悪い声であった。
そんなシズちゃんに一つため息をつく。
「ごめんって。先に入った用事を優先させるべきだと思ったんだよ」
ゆっくりとシズちゃんの背中に腕を回す。
殴られる事も覚悟したけど、そんな事はなく、ただ黙って抱きしめられた。
「でもシズちゃんに『予定空けとけ』って言われたから、俺きちんと予定空けられるようにしたんだよ?」
「でもお前は鍋パーティー行ったじゃねえか」
耳の近くで低音が俺の脳に響く。
「うん、鍋パーティーはお昼の用事」
そう俺が笑って呟くと「は?」と間の抜けた返答をされた。
「だからー、鍋パーティーはお昼の予定。お昼は鍋パーティーに行く事にしたんだよね」
一度シズちゃんを抱きしめる腕に力を込めてから「それから」と付け足す。
「夜からは、シズちゃんと一緒に過ごそうかなって、思ってた」
そこまで言ってちょっと顔がほてる。
何だ夜からシズちゃんと一緒って。何恥ずかしい事言ってんだ俺。
ここで『ふざけるな』と拳の一つや二つ飛んでくるかと身構えたがそんな事も無くて。
「…何だ、それ」
「俺馬鹿みてえじゃんか」と俺を抱きしめる力を強められただけであった。
「大丈夫、シズちゃんは元から馬鹿だよ」
と言うとデコピンが飛んできた。
「シズちゃん、シズちゃん」
痛む額をシズちゃんに擦り付けながら、シズちゃんを呼ぶ。
「…何だよ」
「あのね、」
愛しい君に胸一杯のありがとうを
(『俺の為に色々ありがとう』)
(消えそうな小さな声で呟いた臨也を)
(思い切り抱きしめた)
「…夜覚悟しとけよ」
「は?それどういう意味ッ…!?」
はぴいざ!!
間に合って良かった…^p^
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