追いかけ、追いかけられる。そんな関係が俺たちにはお似合いだった。
それは二人ともが望んだことではなく、必然的になってしまったこと。
それを双方ともが望んでいて、逆に解放されたいとも思っていた。お互いが、お互いのためを思って。
いつどちらかが死んでしまうかわからない瀬戸際で、俺たちは争い続け、求め続ける。
どちらかが辞退するまでは、永遠に、ずっと。
勿論、そんなことはないと思っていたし、まさかあんなことになるなんて思ってもいなかった。
まぁ、俺としては好都合だったんだけど。



今日も俺は一方的な喧嘩を吹っ掛け、それでシズちゃんをキレさせて自動販売機を投げさせ、また追いかけっこ。
けれど、今日のシズちゃんの動きは、いつもより遅いような気がした。否、確実に遅い。
心なしか、顔色も少し悪そうだ。まるで何かを我慢して走っているような。
その何かを突き止めるため、周りから目立たないように路地裏に入り込んで、シズちゃんと対峙した。

「臨也くんよぉ?今日こそは手前のそのうぜぇ口、叩き潰してやるよ」
「と、いつもなら応戦するところだけど、今日はそれどころじゃないんだよね」
「あ゛?」

そうやって悪口ばかりを並べるシズちゃんの顔色は確実に悪くて、いつもより蒼白になっていた。
普通は好きな人がこんな風に弱っていたら心配の一言でもかけてあげるべきなのにな。

そう、俺はシズちゃんが好きだ。人間愛とかそういうものを通り越して、個人的に、特別的に愛情を抱いている。
本当は今すぐにでも叫んで、その身を抱き締めて愛してあげたいぐらいなんだけど、俺たちには性別というものがある。
俺は別に性別とか気にしないよ?愛に人種も性別も関係ないし、人同士が愛し合うのは自由だと思う。
けど、相手は何せ平和島静雄。こんな標的に、況してや男に愛されるなんて今よりも酷い無視という待遇を受けるかもしれない。
それだけは嫌だった。せめて対峙していたかった、
結局は俺はただの臆病者で、好きな人に好きと言えず、こうやって8年間も追いかけっこを続けている。
だから心配するような言葉もかけてやれない。只、具合を窺って興味のないフリをするだけ。

「今日のシズちゃん、いつもより遅い。それに、顔面蒼白」
「っ、」
「一体どうしたの?………なんて無理をして問い詰めるわけじゃないけど、そんなシズちゃんを捻り潰して殺しても何の面白味もないし、況してや後悔が残るだけだ。だから今日は見逃してくれないかな?自分のためだとも思って、ね」

持ちあげていた公共物を地面に下ろして、すっかり殺る気をなくしたシズちゃんに提案を投げかける。
硝子の奥の瞳は戸惑いの色を露にしていて、やっぱり具合が悪かったんだ、と悟る。
これで大丈夫かな。俺は大通りに戻ろうとして歩みを進めると、シズちゃんがいきなり腹部を押さえて呻き声を上げた。
苦しそうに背を縮こめるシズちゃんに、どうしていいかわからなくなって、柄にもなく固まってしまう。
体調不良の原因がまさかの腹痛?いや、シズちゃんに限ってそんなわけない。腹痛で廃れるような体ではないはず。
じゃあ、何でこんなにも目の前で苦しんでいる?

「くっ……」
「シズちゃん?え、ちょっと、どういうこと?」
「み、見んじゃねぇ…!」

額に汗を滲ませて、苦しそうに息をして。
目の前で苦しんでいる人を放っておけるほど、俺も外道じゃないよ。シズちゃん以外には適用しないけど。
近寄ってみるとシズちゃんのスラックスに何やら赤い染み。
…………血?

「シズちゃん、それ……」
「え?あっ……!」

俺が赤い染みを指摘すると、シズちゃんはそれ以上に頬を赤くして俺に背を向けた。
っていうことは恥ずかしいことで、ズボンに赤い染みをつくることで……。
あれ、それってシズちゃんの性別には当てはまらないよね。………え?

「いやいや、そんなことは……まさか、シズちゃんって…女、だったり……?」

俺がそう指摘すると、シズちゃんは顔を青くさせたり赤くさせたり。
っていうか否定しようよ。肯定してることになっちゃ………。
あ、そうなのか。シズちゃんは女だったんだ。
別に怪力をもっているから男ってわけでもないし、最近じゃ背が高い女の子なんて普通にいる。
何だ、そうだったのか。シズちゃんは紛れもない女の子。
じゃあ俺がこんなに苦しむ理由もなくなったわけだ。

「へ、変だろ……女なのに、こんなに背が高くて、人並みじゃない怪力で、声も男みたいに低くて………だから俺、もう男になりきるって決め」
「シズちゃん、なんて可愛いの!」
「うぉっ!?」

今までまともに触ったこともなかったそのか細い体に抱きつく。意外と触り心地は柔らかかった。
背後から抱き着いて、俺は労わるようにシズちゃんのお腹を撫でる。
シズちゃんはいつもと違う様子の俺に戸惑ったようで、痛みに顔を歪ませながらも、腰に回した俺の腕を剥がそうとしていた。
でもお腹を撫でれば撫でる度、その抵抗は弱まっていく。あ、とかう、とか言葉にならない言葉を呟いて顔を真っ赤にしている。
最終的には俺の手をぎゅっと握って、痛みに耐えているようだった。

「臨也…さっきから、何してんだ」
「シズちゃん辛いかなぁと思って。生理なんでしょ?」

俺が生理というワードを口にすると、シズちゃんは肩を跳ねさせて、俺の方を振り返った。
まるで言うなと制止するように。
けど、俺はもうシズちゃんのことを可愛いとしか思えなくなっていて、その視線さえも愛しく感じる。
嗚呼、俺も末期かな。微笑みながらその視線に応じると、シズちゃんの顔は次第に赤くなっていった。

「うちにおいでよ。替えのズボンもあるし、一応女もいると思うし」
「……お前、女いんのか?」
「あ、彼女とかじゃないから。ただの秘書」

あれ、何で言い訳とかしてるんだろ。あ、そっか。シズちゃんの顔が悲しげに歪められた気がしたから。
でも多分気のせいだろう。シズちゃんは俺のこと、嫌いなんだし。
そう思うと気持ちが落胆してきたけど、何とか平静を保った。俺だけの一方通行でもいいと思う自分が、どこかにいるような気がした。
シズちゃんのお腹を撫でながら淡々と話していくと、シズちゃんの顔色も段々と落ち着いてきたから、腕を離す。
握られていた手は熱かった。

「歩ける?」
「…多分」

もう一度シズちゃんの手を握って問いかけると、物凄く曖昧な答えが返ってきた。
俯いていて表情はよくわからなかったけど、そこまで顔色は悪くなさそうだ。俺は手を握ったまま、安心して歩みを進めた。
もう日は傾きかけている。早く帰らないとお腹が冷えてしまうかもしれない。
俺は冷えないようにシズちゃんに自分のコートを着せて、歩き出す。シズちゃんの反応なんて気にしない、気にしない。

「臨也、」
「お腹、冷えたら駄目でしょ?あ、香水臭いとか言わないでね」

シズちゃんが何かを言う前に念押しすると、それ以上何も喋らなくなった。
本気で香水臭いって言おうとしたのかな…。まぁそれでもいいんだけど。
このまま俺の匂いがシズちゃんにうつってしまえばいいのに。温かい手をひきながらぽつりと思った。



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