朝起きると、雨特有の湿気たにおいがした。
窓の外は雫で充満していて、地面を見るとアスファルトが黒く変色していた。
こんな雨の日は出掛けたくない。
だが、そんな日に限ってか冷蔵庫の中は空で、食事を摂るために出かけなければならない。
「・・・はぁ」
溜め息をついて、いつものバーテン服に着替え、サングラスを掛けて外に出た。
生憎傘は無くて、小走りで近くのファストフード店へ行くことにした。
雨が降る池袋は、皆傘を差していて、自分だけが傘を差していないという滑稽な姿になった。
早く店に辿り着いてしまおう、と速度を上げたとき。
見慣れた黒い塊が道路を挟んだ向こう側の通路に見えた、気がした。
「いざ・・・」
女。
向こう側の通路にいた黒い塊、折原臨也は、黒い傘を差してその中に女を入れて歩いていた。
二人で、楽しそうに、会話しながら。
わかっていた、自分よりも、アイツは女の方がいいことぐらい。
わかっていた、臨也が俺にはあんな純粋な笑顔を向けることがないことぐらい。
わかっていた、わかっていたはずなのに。
「・・・・・・っ」
何も食べたくなくなった。
急に吐き気がした。
急に眩暈がした。
俺はその場から駆け出して、ただひたすら走った。
どこへ向かうかなんて決めていなかったけど、あの場から逃げ去りたかった。
「・・・どうしたの静雄!顔真っ青だよ!」
『大丈夫なのか、静雄!?』
気付いたら旧友と親友が住む家に来ていた。
2人は俺のことを心配するような言葉をかけてくれたのに、言葉を返すことができない。
声が、出ない。
それからソファに座らされ、風呂に入らされ、着替えまで用意されて。
迷惑をかけてしまった、という思考はあるのだけれど、それよりもさっきの光景の方がよほどショックが大きくて。
気付けばココアを飲みながら、毛布に身体をくるまれた状態でソファに座っていた。
『何があったんだ?』
PDA越しにそう伝えてきたのは、向かい側に座っているセルティだった。
ただその文字の羅列を眺めていると、不意に頭に温もりを感じた。
「・・・セル、ティ」
『悩みがあるなら何でも私に言え。でも話したくないなら話さなくていいから』
俺はセルティに抱きしめられながら、親友の大切さをしみじみと感じた。
雨の冷たさとも、アイツの温もりとも違うセルティの温もりが身に沁みて、目頭が熱くなる。
もう涙が抑えられなくて、俺はそのまま泣いてしまった。
そのときだけ、アイツのことは忘れることができた。
「もう大丈夫なの?」
あの後、涙が落ち着いた俺は、急に恥ずかしくなって、毛布の中に顔を埋めていた。
そしたらさっきまで電話をしていた新羅が電話を終えたみたいで、リビングに戻ってきた。
「迷惑かけて悪かったな・・・」
「迷惑っていうか、本当、君たちって擦れ違いが多いよね」
一瞬新羅が何を言っているかわからなかったが、瞬時にその意味を理解。
「な、何言ってんだよ」
「そんな顔赤くして言っても意味ないよ」
俺の顔は赤くなっているらしい。
この場に居た堪れなくなって、セルティに帰ると告げ、着てきたバーテン服を持ってドアへと歩いた。
途中、新羅が後ろで何か言ってたけど、そんなものは知るか。
ドアノブに手を掛け、靴を履いてドアを開けた。
「あれ、シズちゃん?」
・・・え?嘘だろ?
そこには酷く焦った顔をし、珍しく額に汗をかいた臨也がいた。
と、俺が状況把握する前に、嗅ぎ慣れた香水の匂いが仄かに香った。
臨也が、俺を、抱きしめている。
臨也が、俺、を?
「会っていきなりこんなことすんな、死ね」
「・・・シズちゃん」
俺の後頭部に手の平が置かれて、その手がそのまま首筋へと下りてくる。
慈しむような眼差しで見据えられる。
やめろ、俺をそんな目で見んじゃねぇ。
手前は女の方が好きなんだろ、俺よりも女といる時間を優先させろよ。
言い返す言葉は次々と頭に浮かぶのに、その言葉は口に出さずに終わってしまった。
早く、何か言わなければ。
また俺はコイツに捕まる。
「女のとこ、いけよ」
「は?」
精一杯に出した言葉がそれだった。
醜い嫉妬心の塊から生まれたそれは、ただ臨也の目を丸くさせただけに終わったらしい。
もう嫌だ。
こんな感情をもっている自分も、素直に言葉を発せない自分も。
「シズちゃん、それ本気?」
俺に向けられた声音は、酷く真剣で冷たいものだった。
その声に驚いて、思わず臨也の目を凝視してしまった。
その瞬間、臨也の顔が近付いてきて、唇に温度を感じた。
いつもみたいにしつこいものではなくて、短いような長いような、そんな。
「俺はシズちゃんしか見てない。女なんて眼中にない」
「嘘だ」
「こんな状況で嘘なんかつけないよ」
「手前はいつも嘘ばっかりついて」
「だから、嘘なんかつけないって言ってるでしょ。・・・シズちゃん、好きだよ。どの人類よりも愛してる」
また真剣な眼差しで見据えられる。
俺がこの目にどれだけ翻弄されたことか。
また臨也の顔が近付いてきて、愛されることに慣れない俺は、ただそのキスを享受した。
「・・・今日、見たんだよ」
手前と女が一緒に歩いてるところ。
そう告げても、臨也の真剣な眼差しは変わらない。
「それはクライアントの人だね。しつこかったから付き合ってただけ」
「・・・俺にはあんな笑顔見せねぇくせに」
あ、しまった。
つい本音が出てしまい、慌てて訂正しようと口を開くと、唖然とした臨也の顔が飛び込んできた。
でもすぐに、それは揶揄するような笑みに変わり、俺を引き寄せた。
「シズちゃんかーわいい」
「・・・うっせぇ、可愛くねぇ、死ね」
顔は熱くなるばかりで、俺はただその熱を持て余していた。
それから臨也の顔がまた近付いてきて、唇が触れてまた離された。
俺がぎこちなく笑うと、臨也はあの純粋な笑顔を俺に向けた。
結局は仲直り
(ちょっと、ここ人んちなんだけど……)
(うるさいなぁ、新羅。別にちょっとぐらいならいいと思うんだけど?)
(少しは場をわきまえてね)
元拍手でした。
シズちゃんが嫉妬するのが書きたくてついw
あ、これからの拍手もシズちゃんが泣く感じのシリーズでいきます^q^
拍手ではシズちゃんを泣かせる!!(は