俺は人のいない屋上で、日陰で座り込んでいた。
ただ座り込んでいるだけじゃなくて、目尻から零れる雫を我慢できずに肩を揺らして。
顔が崩れてしまう、と思っても、元から崩れている顔なんだから気にせず泣くことにした。
体育座りをして、手で目元を覆ってみても涙は止まらなくて。
心と身体は相反していて、止まれ止まれと何度願っても、涙腺が崩壊して涙が止まらなかった。

「ふぅ・・・う、ひぐ、っ」

止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ!
それでも涙腺は直ってくれない。
と、不意に扉が開く音がした。
必死に口に手を当てて、声を押し殺す。
こんな女装した奴が、況してや平和島静雄が屋上で泣いてるなんて気味悪がられるだけだ。
だが、予想した奴らはチンピラでもヤンキーでもなく。

「臨也ぁ、ここでするのぉ?」
「うん、ここで」

臨、也………?
しかも今度は違う女と一緒。
もう何が何だかわからなくなってきた。
今わかるのは目の前に広がる事実だけ。
とりあえずこの場にいるのが嫌で、もう見つかってもいいから兎に角逃げたかった。
震えて動かない足を無理矢理動かし、しゃくり上げる喉を無理に抑え込んで、俺は物影から飛び出した。
そのまま一直線にドアの方へ駆け抜けて行こうとしたら、不意に腕を掴まれた。

「ああ、でも俺は用事ができちゃったからまた今度ね」
「えー」

腕を掴んだ手は今まで俺の脳内を支配していたノミ蟲。
いきなりのことすぎて何が起こったのかわからなかった。
只でさえ頭が混乱しているのに、臨也に手を掴まれることによってより頭が混乱した。
それで女は出て行くし、臨也に両手を掴まれたかと思えば壁に押し付けられるしで。
もう何が何だかわからない。
俺の回転の遅い脳では、この状況を理解することができなかった。
そこでやっと臨也の顔が目の前にあることがわかる。

「いっ、臨也?」

引きつりそうになる声をどうにか抑えて平静を装ったものの、声をかけても相手は返事をしてくれない。
それよりも真剣味を帯びた顔が、コイツが眉目秀麗と呼ばれている理由なんだとぼんやり思った。
すると急に、頬に臨也の手が触れる。

「……誰に泣かされたの」

涙の跡をなぞるように親指で触られると、臨也の眉が少し顰められた。
そんなの、絶対言えない。
言えば笑われるに決まってる、手前のせいだなんて。
視線を逸らして黙りこむことを決めると、臨也の顔がますます曇っていった。

「そんな黙りこんだってわかるんだからね?化粧が落ちてるし、目元が真っ赤だし」
「…言える、わけねぇだろ」
「ふーん。じゃあ仕方ないかなぁ」

そう言うが早いか、臨也の顔が迫ってきた。
慌てて顔を退けようとしても俺の両手は臨也の両手に押し込められていて、普段なら抵抗できるはずなのに、体に力が入らない。
そんなことを考えているうちに、臨也の顔は鼻先が触れそうな距離にあって、思わず顔を横に向けた。
が、それさえも許さないというように、後ろ手に両手を纏められ、臨也の空いた片手で無理矢理臨也の方を向かされた。
そのまま唇同士が重なる。

「ん、ぐぅ!?」

俺なんかじゃなくてお前には相手がいっぱいいるだろとか、言ってやりたいことはいっぱいあったのに、全部臨也に吸い込まれていった。
それから痛いほどに両頬を両手で挟まれて、何度も角度を変えて深く口付けられた。
もう思考が溶けてしまいそうな程熱くて………。
駄目だ、また流される!
流されないために、解放された手で肩を押し返すも、臨也はビクともしない。
逆に口付けは深くなるばかり。
呼吸の方法もわからない俺は、ただただ翻弄されるばかりで、既に体内の酸素が限界を迎えていた。
そのせいでうっすらと目に水の膜が張ってくる。

「うっ、ふ…い、いざっ」

何とか口付けの間に声を発するものの、それさえも臨也に吸い込まれる。
このまま窒息死するのではないか、そう思わせるほどの口付け。
いよいよ視界もくらくらと歪んできた頃、漸く臨也の唇が離された。
同時に手も離されて、支えがなくなった俺は膝からカクンと崩れ落ちて、床に座り込んだ。

「あ、はぁ・・・てめっ、なにす・・・っ」
「そんな可愛い格好してるシズちゃんを泣かせたのは一体誰なのかな?弟君?それとも女?」

臨也が俺を見下ろす目はどこまでも冷たく。
口許だけが笑っていて、不気味なような怖いような感情が心を彷徨った。
臨也にこんな感情を抱くのは初めてで、どうしようもなく戸惑った。
視線を泳がせていると、臨也がしゃがんで俺の視線を無理矢理合わせた。
もう何だか今までの臨也と今の臨也の境界がわからなくなって、頭がショートしていた。

「ねぇ、シズちゃん、早く答えてくれないとこれ以上酷いことす」
「っ、手前のせいだよ!手前は女といつも一緒にいるくせに、俺のことからかったりキスしたり……女がいいなら女といればいいじゃねぇか!」

ショートしたついでに、全ての感情を吐き出した。
頭を抱えて今の臨也の顔を想像すると、泣きそうになった。
俺のことを気持ち悪いと言って軽蔑するだろうか、それとも馬鹿だと言って嘲笑うのか。
そちらにしても俺には絶望という選択肢しか残されてない気がして、自然と涙が零れ落ちた。

「もうっ、手前なんかっ……き、きらっ」
「シズちゃん、」

やっとのことで拒絶の言葉を出したのに、臨也はそれをも遮る。
あの高らかな笑い声も、突き刺すような冷たい声も聞こえなくて、聞こえてきたのは臨也の真摯な声だった。
その声に驚いて顔を上げると、臨也の赤い瞳が俺を見据えていた。
その直後、顔中に降ってくる、キス。
髪に、額に、頬に、鼻先に、こめかみに、瞼に、唇に。

「俺のせいで泣いてたの?」
「っ、!」

思い返してみると、随分と恥ずかしいことを言ってしまった。
好きな奴が他の女と楽しそうに話してたから泣いたなんて、まるで嫉妬している乙女のような……。
好きな、奴?臨也、が?
頭の中でちょっとしたパニックが起こっていて、臨也に抱き締められていると気付いたのは数秒後。

「ねぇ、俺はシズちゃんのこと、好きだよ?」

また頭が真っ白になった。
耳元で囁かれた甘い言葉が信じられなくて、脳内で何度も何度もその言葉を繰り返させた。
臨也が真摯な瞳でずっと見つめてくるものだから、涙も止まって、逆に頬が熱くなってきた。

「て、てめ、なにいって」
「好きだ、って言ってる。シズちゃんのこと可愛いとか綺麗だって言うのも、からかうのも、全部シズちゃんのことが好きだからしてること」
「で、でも、おまえは、おんなが」
「女の子なんてどうでもいいよ。それよりも今のシズちゃんの方が女の子らしくて、可愛いしね」

饒舌な臨也に比べて、俺は言葉がしどろもどろで舌が上手く回っていなかった。
女がどうでもいいなんて、俺が好きだなんて。
都合のいい言葉に、俺が認めなかった感情がゆらゆらと動きだす。

「返事は?」

そう聞かれて口籠る。
こいつはいつも俺を騙してばかりだ。
俺の方はハッキリと浮き出ている感情も、こいつは微塵もないのかもしれない。
そんな不安ばかりが頭を過って。

「……でも、手前は、俺のこと、ほんきで好きとか、言ってな、」
「ここまで言ってもわからないわけ?……じゃあ実践あるのみ、だね」
「…え?」

不意に臨也の顔が不機嫌に曇ったかと思えば、また不意に臨也の口許が弧を描いて言葉を紡ぎ出す。
じっせん…?
言っている意味がわからなくて問い返そうとすると、それは言葉にはならなかった。
また、臨也の唇に全てが吸い込まれていった。




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