1342hitフリーの続きです


戻ると既に文化祭は始まっていて、俺は強制的に接客担当となった。
幸い注意したおかげで髪は乱れなかったし、化粧もグロスを塗りなおすぐらいで終わった。
グロスを塗りなおさなければならなかったのは、俺が走っている間、唇を手の甲と袖でずっと拭っていたからだ。
大体、今思えば男同士でききっ、きっ、キスとか、俺と臨也が恋仲とか、疑うものばかりだったはず。
なのに俺はその場の羞恥と混乱で、何を言われているのかもされているのかも理解してなかった。
否、できなかった。
今冷静に考えてみると、からかっているのだろう。
そう思っただけで怒りが沸点を超えそうだった。
それと同時に心臓の辺りがチクリと痛んだ。

「静雄ー顔が怖いよー」
「……新羅、心臓が痛い」
「…え?」

新羅は医療に詳しいからこの心臓の痛みについて聞いてみた。

「静雄は身体が強靭だから錯覚じゃない?」

そんなことを言ったから胸ぐらを掴んでやった。
周りの客がどよめく。
この場でこんな格好をした男が男の胸ぐらを掴んでいる光景はどうかと思って、何とか自分を抑えて手を離した。
新羅はふーとかため息を吐いて、自分のチャイナドレスを手で払っていた。

「で、それはどういうときに発症するのかな?」
「……臨也が、」

そう言いかけてやめた。
途端に顔が熱くなってきて、頬を両手で覆った。
何か、俺が臨也を好きみたいじゃ……。
……好き?

「ああああ、違う!好きなんかじゃねぇ!」
「ちょっと静雄!?」

思考回路が爆発してしまいそうで、俺は頭を抱えてしゃがみこんだ。
好きなんかじゃ…、それをずっと呟いて自分の気持ちを否定し続けた。
顔が熱いのはわかってる。
心臓がうるさいのもわかってる。
気付かないふりをしてるのもわかってる。
でもこんな感情、伝えたって認めたって傷つくだけだから、心の中で奥底に沈めておく。

「あ、静雄。お客さんだよ」

新羅がそう言って俺の襟を引っ張ったのは数分後。
気持ちを切り換えるために両頬を叩いて、勢いよく立ちあがった。
頬はまだ熱いままだったが。



それから俺は休憩を貰って今は人で溢れる廊下。
皆の頭のつむじが見えて、やっぱり俺の身体はデカすぎだと、一人でため息を吐く。
なのにこんなデカい男が女装して廊下を練り歩いているだなんて、滑稽以外の何でもない。
でも女装しているおかげか、俺だということに気付かず通り過ぎていくヤンキーもいる。
と、突然誰かの肩とぶつかった。

「きゃっ、ごめんなさ……」

そいつは女だったらしく、何とも女らしい声で俺に謝る。
そしてその声が急に止まったと思ったら、俺の顔をまじまじと凝視してやがる。
いつもだったら怒るとこだが、今回はこんな格好をしているため凝視されても仕方ない。
……やべ、バレたか?

「あ、わり」
「見て見てこの人!すっごく可愛い!」
「…は?」
「本当!モデルさんみたーい!」
「え、ちょっと待っ」

その女は途端に顔を笑顔に変えたかと思いきや、隣にいる友達らしき女に話し始めた。
は?可愛い?え、俺が?
その女も大声で言うもんだから廊下中の奴らがこっちを振り返る。
こんな格好でこんなデカい図体で嫌というほど目立っているのに、余計に目立ってしまった。
視線が全部俺に集中して、恥ずかしさと苛立ちから逃げたくなった。

「あの、どこでやってるんですか?」
「え?あー……」

できるだけ男臭い声を隠すようにして、今来た道を指さす。
すると女たちはありがとうございます!と言ってその方角へ消えていった。
それよりも視線が集中しすぎて少し居た堪れなくなる。
真っ赤になっているであろう顔を片手で口元だけ覆って、廊下から逃げ出した。

大体俺が可愛いとかモデルみたいだとか……いくらなんでも皆ふざけすぎだろ!
俺が可愛いわけねぇじゃねぇか、綺麗なわけねぇじゃねぇか。
臨也だってあんな嘘言いやが、って……。
臨也のことを思い出したら、治まりかけていた熱が復活してきた。
体中が熱くなってくる。
同時に目頭も熱くなってくる。
もうアイツのことを考えるのはやめにしよう。
そう思って俺は廊下を駆けだして、人通りの少ない廊下へ出た。

「ねえ臨也」

聞こえたのは女がアイツを呼ぶ声。
驚いて声のした方を見ると、そこにはノミ蟲と着飾った香水臭そうな女。
腕を組んで、ノミ蟲は女に張り付けた笑顔を向けて。
心に穴が空いたような、そんな感覚がして俺はその場から逃げ出した。
こんな人気のない廊下で何やってんだよ、なんて聞いても答えなんて決まっているだろうから。
ただ俺の中に巣食っているこの感情を否定できなくて、目尻から水滴が零れたのも嘘だと思って認めなかった。




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