嫌な予感しかしない。
足音が、カーテンを少し開いて顔と身体の一部だけ出している新羅の後ろで止まった。

「ねぇ、シズちゃんどこ?」

カーテンの外から臨也の声。
さっきまで俺の周りにいた女子たちは、臨也の声がした瞬間どこかに避難していった。
…新羅、後で絶対ぇぶっ殺す。
その新羅はカーテンを閉めて、何やら後ろを向いて臨也と話しているようだった。
そうだ、今の内にここから逃げ出せばいい。
そう考えるものの、女子がどこから避難したのかもわからず、あのカーテン以外出入り口は見当たらなくて、結局そのまま居座ることしかできなかった。
カーテン一枚で遮られた空間は居心地悪くて、心臓が煩かった。

「シズちゃーん?いるんでしょ?」
「ちょっと臨也、どっから情報仕入れてきたのか知らないけど早く帰りなよ」

どうやら新羅が連れてきたのではないらしい。
臨也が勝手に情報を仕入れて、俺の醜態を見に来たってわけか……。
頭が痛くなる。
只ささやかな抵抗とばかりに、カーテンから背を向けた。
いつもの俺なら「いーざーやあああああああ」と叫んで色んな物を振り回して投げ飛ばしているところだ。
が、今の状況では動くのも不利だし、こんな格好を見られて嘲笑われるのが癪に障る。
……何よりも女装してる姿を見られて不細工だと言われるのが嫌だった。

「あーもう、新羅邪魔」
「え?ちょっと、臨也……!」

背後からカーテンを乱暴に開ける音がして、誰かの頭が壁にぶつかる音がした。
……多分、新羅だな。
それから足音がだんだんと近付いてくる。
俺はスカートをぐっと握りしめてその沈黙に耐えることしかできなくて、臨也が近付いてくる間ずっと俯いていた。

「シーズちゃん、こっち向いて?」

臨也が背後に立って、猫なで声で俺に話しかけてくる。
それでも俺は顔を上げない、振り向けない。
こんな顔、臨也に見せたらきっと幻滅される。

「ね、早くこっち向いてよ」
「っ、誰が向くか!」

スカートを握りしめて顔を横に振ると、臨也が後ろで溜め息を吐いたのがわかった。
羞恥と怒りと色んな感情が混ざって拳が小刻みに震えた。
そしたら、俺の肩に手が置かれて、ぐるりと反転させられる。
こいつ、この細っこい身体のどこにこんな力があるんだ。

「っ!?」

無理矢理臨也の方を向かされたことにより、驚いて臨也と視線を合わせてしまった。
臨也の目は丸く開かれていて、俺の顔から格好まで凝視している。
俺は両肩を掴まれていることによって姿勢を変えることができず、かといってこんなところでいつもの力を解放して学校を壊すわけにもいかず。
ただ黙って視線を逸らしていた。
臨也の視線が痛いほどに突き刺さり、恥ずかしさと悔しさで目頭が熱くなった。
馬鹿にするんだったら、早く何でもいいから罵れよ。
こんな長い沈黙は悲しすぎる、心が激しく痛い。
と思っていたら、漸く臨也が口を開いた。

「……綺麗だ」
「え?」

臨也が信じられない言葉を呟いた瞬間、いきなり身体が締め付けられる感覚がする。
臨也に抱き締められているという状況を理解するのにかなりの時間を要した。

「可愛い可愛い可愛い可愛いっ!シズちゃんラブ!こんな姿他の人に見せるなんて勿体無いよ!」
「え?いざっ、ん!」

突然褒め言葉というか告白みたいなものをされたと思えば、また突然に唇を奪われた。
それから舌を入れられ、絡められ。
気がつけば呼吸の間もなく、激しく舌を絡め取られていた。

「っはぁ…」

漸く唇が離され、臨也の肩に必死に掴まっていることで何とか立てることができた。
その腕は臨也の背中に回され、臨也の腕も俺の背中と腰に回された。

「シズちゃんは綺麗だよ、可愛いし綺麗」
「……手前、いつもと言ってること違うじゃねえか」
「今日は特別」

そう言って臨也はまた俺の唇に触れるだけのキスをした。
臨也の唇についてるグロスが俺から移ったんだと考えると、恥ずかしくなって視線を逸らした。
そういえば、臨也の格好もいつもと違う。
綺麗な燕尾服を着て、後から取り出した眼鏡をかけて、白い手袋を履いて……。
何だかよくわからないけど、いつもと違う臨也の格好に顔が熱くなってきた。

「臨也、手前の格好……」
「ん?ああ、俺のクラスは女装じゃないけど、執事だよ」

しつじ?
……なんか聞いたことある。
門田の近くにいる奴らがそれについて話してたような…。

「メイドと執事が恋仲、だなんて。ご主人様に知られたら大変だね」
「……は?」

臨也はニコニコしながらそう言った。
ご主人様、って何だよ。
意味のわからない言葉が羅列されて頭が混乱する。
頭に疑問符を浮かばせていたら、不意に近くの椅子に座らされた。
臨也の手が、指先が、俺の顔の輪郭をなぞっていく。

「何すっ」
「だから今日は外に出ない方がいいかもしれない」

突然意味のわからないことを言い出した。
今日は文化祭で、クラスの出し物で俺はこんな格好をさせられたのに外に出るなって。
意味がわからなさすぎて、とうとう俺は臨也を突き飛ばした。
臨也の頭が壁にぶつかった。

「痛っ、雰囲気壊さないでよシズちゃん」
「ふ、雰囲気とか意味わかんねぇんだよ!もう俺は行く!」
「え?ちょっと、待っ」

走りにくいスカートで、髪が乱れないように走った。
顔から受ける風は冷たくて心地いいのに、顔はまだ熱くて、心臓も煩かった。
この感情を忘れたくて、只管に俺は廊下をかけぬけた。




ここで一旦終わっておきます。
続きはまた後ほど、mainの方で書かせていただきます!!
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