人通りの少ない路地裏、煙草でも吸おうかと思って一歩踏み入れると見知った男がいた。
しかも毎日のように顔を合わせていて、今日だって先刻会ったばかりだと言うのに。
その男は見ず知らずの女と仲睦まじく抱きあっていた。
見たことのないような笑顔で、聞いたことのないような優しい声で。
その光景を見た瞬間に吐き気が催して、涙が止まらなくなった。
望んでいるのは俺だけで、縋っているのも俺だけだった。
立つことすらままなくなって、そのまま膝から崩れ落ちて。


そこで意識が途切れた。





『―――――ねえねえ静雄!』

この声は誰の声だろう。
聞いたことのない、自身の名を呼ぶ声。
こんな風に自分のことを呼ぶ人は、いただろうか。

『やっぱり静雄は目を覚まさないみたい』
『当然だろう、あんなにショックを受けたんだ。折原も惨いことを』
『でも、仕方ないんじゃないの…?臨也さんはあの子のことが好きなんでしょ?』
『お前っ!静雄さんの前でそんなそんなこと言うな!起きてたらどうすんだ!』
『煩い、静かにしろ。お前の声が一番耳にくる』
『皆さん黙ってください。静雄さんが目を覚ましそうですよ』
『あら、どうやら本当みたいね』

様々な声がする中で目を覚ますと、九人の顔が俺を覗きこんでいた。しかも、九人とも同じ顔をしている。
驚いて硬直していると、俺と同じ顔をした女が力強く抱きついてきた。

『おはよう静雄!』

抱きつかれる感触が妙に現実的で、頭が戸惑う。
一体何がどうなっているのか。元より無い思考を一生懸命に働かせて考えてもわからない。
思考を巡らせていると、唐突に体温が引き剥がされた。

『こら、静雄が困っているわよ』
『ええっ、せっかく静雄に抱きつけると思ったのにっ』
『今はそんなことしてる場合じゃない。静雄が第一だぞ』
「おい、お前らは一体何なんだ」

目の前で繰り広げられている茶番劇のような現実に疑問をぶつけると、答えは簡単に返ってきた。

『何って勿論、』
『全員、君自身だよ』

『静雄は臨也のことが好きだった』
『でも平和島は路地裏でいちゃつく折原を見てしまった』
『それで静雄さんは涙を流し』
『静雄さんは無意識にこう願った』
『俺がもし女なら、優しかったら、魅力的だったら』
『そうすれば臨也さんも、こちらに振り向いてくれるかもしれない、と』
『そこで静雄の脳は名案を思いついた』
『それが、僕たちを作り出して、誰かが臨也くんに気に入られることだよ!』

妙に笑顔になった九つの顔を最後に、視界が真っ暗になっていった。


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テーマ「人外ファンタジー」
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