※2月22日にちなんでぬこいざや×かいぬしずお




道端にダンボール箱に傘。よくドラマなんかで見る光景が、目の前の住宅街の道にあった。
傘がそのダンボールにかけられているぐらいだから、当然今は雨だ。
傘から滴った雫が紙製の箱を濡らしていく。縁はびしょびしょに濡れて本来の役割を成していなかった。
ダンボールの中身は。
そんなの見なくても予想できる。
か細い声が聞こえるのも、丸い瞳から注がれる視線も、全部幻だ。そう思い込んだ。

……はずだったのに、何故か手にあるのはあの無視を決め込んだダンボール箱。
にーにーと小さくか細い声が聞こえてくる。
どうして拾っちまったんだ、と良心に問いかけても答えは返ってこない。
とりあえず少し濡れた金髪をかき上げて、ダンボールを浴室に持って行った。
蓋を開けると、そこにいたのはそこまで小さくない黒毛の猫。にゃぁと小さく高い声を上げるのが可愛らしい。
雨で憂鬱だった気分も、猫のおかげで和んだような気がした。
でも、ペットの飼育は大変なんだ。今日を生きるのだってさえギリギリな俺が、果たしてペットを買う経済的余裕があるのだろうか。
答えはノーだ。でも、何とかこの可哀想な猫を飼ってやりたい。
これからは自分の食費も削って、電気代やらを節約しなければならない。
大変そうだけど、こいつのためだと思うと何とかやっていけそうな気がした。

「にー」
「これから頑張るからな。俺に愛想尽かして出ていくなよ…?」

言葉が通じないことはわかっているのだが、何故だが話しかけたくなる。
頭を撫でるとまるで笑ったかのように目を細めた。
よくみるとその瞳と同じように、真っ赤な首輪がついていて、その名札には漢字で「臨也」と書かれている。
さすがに読み仮名は書いていなくて、読み方を探した。

「うーん……リンヤ?」
「違うよ、読み方はいざや」
「へー、いざやって読むのか………って、え?」

おかしい、実におかしい。
聞こえないはずの声が、しかもはっきりとした日本語で聞こえた。
この家に自分以外に人間がいるわけない。まさか幽霊?
そんな考えも浮かんできたが、今までに心霊体験などというものはなかったから消去される。

「ちょっと、どこ見てんの。こっちこっち」

声がしたのは先程の黒猫の方。え、嘘だろ、まさかそんな。
黒猫を見ると、目が合って、その眼は三日月みたいに弧を描くように歪められていた。
口許まで楽しそうに上がっているような気がする。

「お前、か?」
「そうそう、俺」

口が、言葉に合わせて動いた。間違いない、こいつだ。
日本語を喋るように見える猫なんて、朝のテレビの小さなコーナーなんかで見たことあるけれど、こんなにもハッキリと喋る猫は知らない。
水分が張りついた毛を鬱陶しそうに、体を震わせることで払った。
そういえばこの猫は寒い雨空の下に晒されていたんだった。さぞかし体も冷たいだろう。
その体に触れると本当に冷たくて、不安になって猫の体を柔らかく抱き締めた。

「……怖がらないの?」
「え?いや、怖くないわけじゃねえけど、寒ぃだろ?」

自分の体も冷たいかもしれないけど、くっついてないよりかはマシだ。
言い聞かせるように頭を撫でると、目の前の猫は高い声で鳴いた。
やっぱりこいつは猫なんだ。日本語を喋ったりするけど、猫に変わりはない。
ちょっと特殊なだけだと思って、この猫と一緒に風呂に入ることにした。

「じゃあここにいろよ」

猫を浴室の中に入れて、蓋を閉めると不安がるだろうから蓋を閉めずに服を脱ぎ始める。
ベルトに手をかけた時点から、異様に纏わりつく視線に気がついた。

「……あんまり見んじゃねえよ。脱ぎづらいだろ」
「嫌だ」

じろじろと視線が鬱陶しくて意識してしまう。
馬鹿か俺は、猫相手に。そう思って、視線を気にせずにベルトを外してズボンを脱いだ。
一気に下着も脱いで洗濯機に放り込む。洗剤と奮発した柔軟剤を入れて、洗濯機を回した。
視線を感じながら小さめのタオルと洗面器を持って風呂に入る。

「いざや」

名前を呼ぶと振り返った。あ、面白い。
洗面器の中にお湯を溜める。

「お前の風呂はここだからな。俺がお前を洗ってやるから、それまでここに入ってろよ」

さっきまで饒舌だった猫は黙って洗面器の中に入った。
猫は湯が嫌いだと聞いていたけど、温かそうに浸かる辺り嫌いではないらしい。
その間に頭と体をさっさと洗って早く猫を洗ってやることにする。当然、その時も物凄い視線を感じた。

「そういえば、君の名前は何ていうの?」
「ん?俺?平和島静雄」
「そっか……シズオ、シズちゃんか」

何だか変なあだ名をつけられた。まあいいか、猫だし。
自分を洗い終わったところで、猫を洗面器から出して膝の上に乗せる。
頭からお湯をかけると、バサバサと体を震わせて水滴を飛ばした。
あ、そういえば猫用のシャンプーなんてない。今度買っておこう。
とりあえず今回は水洗いだけにしておいて、猫と一緒にお湯の張った浴槽に浸かった。
溺れないように膝の上に猫を乗せて抱き締めたまま。たまに体に当たる毛がくすぐったい。

「あったかいな、お前」
「シズちゃんの方があったかいよ」

他愛もない会話をして、熱いお湯に浸かる。
猫を拾った初日は色々と驚くことが多かったけど、これから頑張っていこうという感情が湧いたような気がした。

「ん…きもちいな」
「……可愛い」
「何か言ったか?」
「別に?」


次回→猫が変身しました。

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