「いや、それがさ…俺にもわかんないんだよね」

……ふざけてんのか。
いつもは嫌味ったらしく変なことばっかり呟いてるくせに、両手を広げて溜め息を吐いているマスターに血管が切れそうだった。
そのマスターは連れてきた男と馬を見た瞬間に吹き出し、同時に頭を抱えていた。
どうやら俺を呼びだしたのはこの男についてのことじゃないらしい。
それに気付いて気分を沈ませていると、電子の海から鮮やかなピンクと青が飛び出した。

「臨也くんどうしたのー?って……」
「ああ、サイケに津軽……」

兄さんと津軽が外の煩さに気付いたのか、電子の海から飛び出してきたらしい。
津軽は小さく欠伸をして兄さんに人形のように抱きついていた。
兄さんはマスターを見て、こちらを見た瞬間に馬の存在にも気付きヒクリと頬を引き攣らせる。
それから怪訝な視線を寄越されて、自分に疑いがかかっているのだと気付いた。

「いや、俺じゃねえから。起きたらこいつがいた」
「どうも、日々也と申します」
「…どうもじゃねえし」

やはり馬から颯爽と降り立って一礼。
それからマスターや兄さんと握手していた。
ただ違ったのは津軽への対応で、俺と同じように右手をとってその甲にキスをしている。
なんだ、この感情は。もやもやと黒く染め上げていくような。
よくわからないチリチリと焦げていくような感情に支配される感覚が不思議でならなかった。

「うわ、何だこれ……学芸会か何かか?」
「あ、静雄」

津軽が少し頬を染めて、兄さんが頬を膨らませて怒っているのを見ていれば不意に玄関の方から声がした。
声のした方へ視線を向けると、静雄がぽかんと目を見開けて男を見ている。
ん?静雄?ってことはマスターは……あ、やっぱり。もうあんなところに。
さっきまでパソコンのチェアに腰かけていたマスターはもう静雄のところにいた。息を荒くしながら。
静雄はそんなマスターを退けながらも、嬉しそうに頬を緩めている。
ああ、ああいうのが幸せっていうんだろうな…。

「……デリック」

マスターや兄さんに似たような心地いいテノール。でも、それでいてどこか違うような響き。
誰が呼んだんだろう、と後ろを振り向くと目の前に王冠をかぶった顔があった。
驚いて後退りしようとすると腕を掴まれ阻まれる。
心臓が煩い。こんなのは初めてだ。血の回りが良すぎて逆上せてしまうんじゃないか、と思うぐらい体が熱かった。

「な、何…」
「今、寂しいと思ったでしょう?」

真摯な眼差しで見つめられ、思った通りのことを言われて何も言えなくなってしまう。
だって本当に寂しいと思ったから。
どうしてわかるんだよ。こんなにも、自分を隠し続けてきたのに。
どうして会ったばかりの奴に、こんなに。

「私は貴女をずっと見続けてきました。貴女と出逢う前から、何故か私の夢の中には貴女の姿や貴女の考えていることまで出てきていました。それからずっと貴女のことばかり考えるようになって、気付けば私はここにいました。だから今、貴女の考えていることが私の頭の中にも流れてきているはずなのですが……」

どうしてでしょう、全く感情がわかりません。と額に手を当てて考える目の前の男に驚愕した。
何だこいつ、ストーカーか?でも出鱈目を言っているようにも聞こえない。
ただ掴まれた箇所がじんじんと熱くなるのを感じて視線を彷徨わせていると、後ろから声がした。

「ああ!そういうことか!そいつね、多分この間から俺のデータにハッキングしてた奴だよ。どんなプログラミングを駆使してもハッキング元がわからないし、もうお手上げ状態だったんだけどまさかそんな馬だったとは……」

マスターが小さく溜め息を吐いた。
そうか、だから俺の考えていることがわかったんだ。
でも、どうして今の俺の気持ちがわからないんだ。否、わかられたら尚困るけど。
こんな気持ち、わかられたら軽蔑されるに決まってる。
とりあえず腕を離してもらおうと思って身を引くと、腕を掴んでいる手に一層力が籠った。

「…わかりました。貴女が私に対して思っていることが、私には伝わらないようになっているようです」

そう言って、日々也と名乗った男は悲しげに顔を俯かせる。
それが逆に、俺にとっては安心させる事柄だった。
よかった、この変な気持ちは相手に伝わっていない。
と、安心したのも束の間。腕を掴んでいた手と逆の手が後頭部に回った。

「何だ…っん!」

唐突に引き寄せられ、不意に唇に温かい感触を感じる。
目の前には整い過ぎた顔。近すぎて心臓が爆発しそうだ。
数秒も経たないうちに唇は離され、周りからは冷やかしのような声も聞こえた。
駄目だ、こんなの初めてで、今までプログラミングされたデータが一瞬にして消えそうだ。
くらくらと頭が揺れるような感覚は初めてで、まだ後頭部と腕は熱かった。

「貴女はわかりませんが、私の思っていることは伝わりましたか?」

ふわり、と天使のような悪魔のような笑みを向けられて。
破裂しそうな心臓を無理に抑えつけて、肯定のために小さく頷いた。



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