※なきむしずお



鼻につくウイスキーの匂い。と同時に甘い匂いが部屋を充たしている。
事務所兼自宅であるマンションの一室に入ると、先刻も会ったばかりの金髪に出くわした。
ソファの上でぐったりと項垂れて、小さく唸り声やら呻き声やらをあげている。
この匂いと様子からすると、相手は酔っているらしい。しかもその合間から覗く耳は真っ赤で、相当酔っていると思われた。

昼に会ったばかりで、その時は何もなく喧嘩して終わりのはずだった。
そりゃあ期待してないわけじゃない。だって仮にも彼は恋人なわけだし。でも、いくらバレンタインデーでも真昼間に、しかも上司の前で恋人に贈り物をするような人柄ではないことを承知の上で付き合ったわけで。
だから用意していた見た目だけでも高そうなチョコを持って行って、ついでに恋人らしい甘い時間なんかも堪能して、それで今日は満足しようと思っていたところだったのに。
何だろうこの有り様は。計画が良い方に台無しだ。

「っ、いざや」

そのうえ呂律まで回ってないときた。幼子みたいに舌を噛みそうにしながら話している。
ソファから上体だけ起こしたシズちゃんは焦点の合わない瞳で数秒間こちらを見たあと、物凄くわかりやすく悲しそうに顔を歪めてまた名前を呼んだ。
その後、ぐずぐずと泣き始め馬鹿の連呼。
否、全く理由がわからない。その前に、どうして家にいるのか。聞きたいことは山ほどあるが、まずはその大きくて小さな背中を撫でて慰めることにした。

「シズちゃん、泣かないで」
「うっ、いざ、いざやぁ……なに、いって…意味わかんねえっ、もっ……」

意味がわからないのはこっちだと言いたい気持ちを抑え込んで、軽く深呼吸をした。

「きらいっ、もう、いざや嫌いっ……!」
「いやちょっと!それだけはやめよう、落ち着こう」
「嫌、いや、いやだっ……絶対っ、わかれないからな…!」
「はぁ?」

別れない?いつこちらが別れを切り出したことがあるだろうか。
いや、無い。絶対に無い。自信を持って言い切れるぐらいに無い。
頭の中に疑問符を浮かべていると、目の前の震える唇が小さく動き出した。

「机の上に、ちょこがあって……わるいと思いながらも、やっぱり、気になるだろ……だから、袋とか箱とか開けてみたり、メッセージカードよんだり……してたら、なんか、つらくなって、き、て」

ちぐはぐに繋ぎ合わせたような言葉で、稚拙な舌遣いで話していく。
少し治まっていた涙が、また双眸から大粒となって溢れだした。
何故か謝りながら机の方を見遣ると、そこには言われた通り、大量の袋と箱。綺麗に包装されている。
秘書である女性が持ってきたのだろう。こんなの今まで見たことなかったから。
だから宅配便の紙袋が大量にダストボックスにあったのか、と今更納得する。
馬鹿だなあ、こんなの相手にさえしないのに。

「それでっ、そのかーどに、すきですとか、かのじょいるんですかとかっ、いるなら、わかれろ、とか……っ」
「そんなの興味ない」
「う、へぇ?」
「俺はシズちゃん以外恋愛対象に思ってないし、別れるつもりもない。だから今日もシズちゃんの家に行くつもりだったんだけど」

素っ頓狂な声を上げたシズちゃんの額に軽くキスをして、頭を撫でる。
ずる、と鼻水を啜る音が聞こえて、シズちゃんがごめんと謝った。
そんな仕草にさえ、一々心臓が跳ねてしまう自分が忌々しい。
そのことは軽く頭を振って忘れて、再度質問を投げかける事にした。

「で、嫉妬してチョコ食べちゃって酔っちゃったんだ」
「し、しっとじゃねえ!えっと…うまそう、だったから、てきとうに食べたら、こうなった……」
「嘘だよね、でもまぁいいや。どっちにしろ、俺には好都合だから」

多分、今の自分の顔は最高潮に頬が緩んでいるだろう。
ウイスキー味のする唇に噛みついて、べろりと舌先でその赤い唇を舐めた。何回も何回もそれを繰り返して、唇が薄く開いたところで舌を挿し込む。彼の舌を絡め取って、音がするほどに吸うと目の前の瞳は泣きそうに歪んだ。
そのままソファに白くて細い手首を縫い付けて、深いキスを繰り返す。小さな水音とともに唇を離すと、シズちゃんの顔が真っ赤になっていた。

「かわいい」
「え、な、なに、いって…お、おお、おとこ、なのにっ」
「ねえ、可愛い可愛い俺のシズちゃん?机の上のチョコは全部君が食べて。俺はシズちゃんからの愛しかいらないから」

何回もどもるシズちゃんに愛しさばかりが増してくる。
ね?と小さく耳元で囁いて後押しすると、シズちゃんは唸りながらゆっくり頷いた。
勿論、下の方のお口でだけど、とは言えないので、シズちゃんの酔った勢いに任せて致そうと思う。
まずは一つ、茶色い包装がされた箱の包装紙を派手に破いた。


続きます

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