※兄×弟パロ



兄貴が兄貴じゃなかったら。そう思う時がよくあった。
俺は成績も悪ければ素行も悪い。唯一自慢できるのは馬鹿みたいな怪力だった。
でもそんなの自慢にもならない。怒ったときにその馬鹿力を暴力という形で振るうだけなのだから。
そんな俺に比べて、兄貴は優秀だった。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、おまけに性格も優しくてお手本が実態になったみたいな人だ。
俺達兄弟はいつも比べられていた。雲泥の差、月とすっぽん。どうして静雄はこんな風に育ってしまったのかしら、と母にいつも言われていた。
俺はそんな兄貴に憧れを抱いていたし、嫉妬も抱いていた。兄貴を見る度に息が苦しくなって、胸が潰れそうになる。目頭も熱くなるから兄貴と関わるのはもう嫌だった。
そう思って兄貴を避け始めてから何年か経った頃、急に両親が仕事で長期出張に外国へ行くと言い出した。俺は義務教育最後の年だからついていくことはできない。でも兄貴はもう二十歳にもなる大学生だった。当然、両親は兄貴を一緒に外国に連れていくことを望んだ。

『臨也も一緒に来なさい。日本に留まっているだけじゃ何も学べないでしょう』

両親が両方とも一緒に行く事を望んだのに、兄貴は頑なに断り続けて結局日本に残った。そのことによって、俺の状況はもっと悪化した。
兄貴と一緒にいれば、俺は兄貴を傷つけてしまうかもしれない。そんなの絶対に嫌だ。
どうして嫌なのかはわからなかったけれど、気付けばそう思うようになっていた。
それを、兄貴だということは伝えずに親友に話してみると。

『それは恋だよ!私もそんな経験があって、それを相手に伝えると恋だと言われたんだ。それで、相手は誰なんだ?』

その言葉を聞いて驚いたし、泣きたくなった。不毛だ。男相手に、しかも自分の兄貴相手になんて。
けれど自覚してしまえば感情は止まる事を知らなくて。会う度に心臓は五月蝿くなるし、目が合うと顔は熱くなるし。
だから2人きりで一緒に住む事は俺にとっては苦しいことこの上なかった。
でも、今日も家に帰らなければいけない。大丈夫、家の中で会わなければいいんだ。そう自分に言い聞かせて寄り道をせずに帰宅した。
玄関に入ると、見覚えのない赤いハイヒール。
ああ、またか。最近、兄貴は女を連れ込むようになった。昨日は白いスニーカー、その前は豹柄のパンプス。毎日毎日靴の種類や柄が変わっているから毎日違う女なんだと思う。それを見る度に、胸が抉られるような感覚に襲われて泣きたくなった。今だって心臓が捩れそうだ。
靴を脱ぎ捨ててすぐに二階の自分の部屋に駆け込む。ベッドの上に横たわって膝を抱えた。

「っう……」

すぐに涙腺が緩んで、涙が次々に零れ落ちる。憧れとか尊敬とか、そんな言葉で言い表されるほど簡単じゃなかった。惨めだ、こんな自分は。
目元を擦っても擦っても涙は出てくる。声だって止められなくなる。
そうやって涙をただ流し続けていると、徐々に眠気が襲ってきた。
泣いたあと寝るなんて子供みたいだな。うとうとと我慢しきれなくなった眠気に逆らわず、目を閉じた。




ギシリ、とベッドのスプリングが音を立てる。その音で目を覚ました。

「ん……」
「あ、起こしちゃった…?」

目を開けると、目の前に兄貴の顔。本当に目の前に。
あまりに近すぎる距離に思わず目を瞑ってしまうぐらい。
駄目だ、こんなに近い距離に顔があったら心臓が爆発して息が詰まってしまいそうだ。
目を開けて硬直していると、その目元を親指で優しく撫でられた。
何だよこれ。本当に、目の前にいるのは兄貴なのか?ひょっとしたらこれは夢なのかもしれない。
目を瞬かせたまま頬を抓る。全然痛くなかった。夢じゃない。

「あはは、何してんのシズちゃん。まだ寝ぼけてんの?可愛いなあ」
「……っるせえ、子供扱いすんなっ」
「俺からすればまだまだ可愛い子供だよ」

額を小突かれて顔を顰める。兄貴とはこんなくだらない会話をすることがしょっちゅうだった。
以前ならそんな会話を楽しいと思っていたし、そんな日常を好んでいたのに、今では自分の胸を苦しめるだけだ。

「でもさ、そういう子供っぽいとこ好きだよ」
「っ……気持ち悪ぃ冗談言うんじゃねえよ、死ね」
「あ、酷いなあ、お兄ちゃんにそんなこと言っちゃうんだ」

兄貴はベッドに普通に座って腕を組みなおす。
こういう言葉も心臓に悪い。当の本人はからかっているつもりなのだろう。でも、俺にとっては毒のようなものだ。兄貴から優しい視線を受けただけで息が詰まって死にそうになる。
今自分に向けられている優しさの塊のような視線を逸らすために、話題を探した。

「お、お前……また女の靴が、あったぞ……」
「ああ、アレね……」

自分から言い出した話題なのに、応えを聞きたくなくて語尾が自然と弱くなってしまう。
すると兄貴はどうでもいいように答えながら、気まずそうに視線を逸らした。
その態度が事実を明確に表していて、また心臓が締め付けられる。

「でも、こんな遊びも本命が振り向いてくれたら必要ないんだけどね」

その言葉に反応して兄貴の顔を見ると、憂いを含んだ視線と目が合った。
まるでその感情が自分に向けられているかのような錯覚に陥る。
そんな顔も視線も反則だ。顔は熱くなるし、心臓は五月蝿くなる。
何だこれ、頭がぐるぐるしておかしくなりそうだ。

「ほ、本命って……」
「俺が唯一、何年も大切に扱ってきて想ってきて…誰よりも優しく接して……最近避けられて、凄く辛かったんだよ?」
「あ、あに、きっ」
「俺より五歳も年下のくせに大人っぽくて、それなのに可愛くて壊れそうで隠れて部屋で泣いちゃったり……」

俺何言ってんだろ、ごめんね。と謝罪してくる兄貴が何を言っているか理解できていなかった。
ただ嬉しい。この気持ちだけが胸に溢れて、反射的にその体に腕を回していた。
止まったはずの涙がまた溢れ出て。あ、やっぱり夢なのかもしれない、と抱きつきながら思う。

「おっ、俺、あ、にきが、っす」

本当に息が詰まる。
何をされているんだろう、自分は。そう思ってやっと唇を塞がれている事に気づく。そして何で塞がれているんだろう、と思えば目の前に兄貴の顔がある。
これって、キス…?
頭の中で状況を整理しきれていない内に、無防備な唇を割って熱いぬるぬるした何かが侵入してきた。
その何かは見る見るうちに思考を奪っていく。不規則に口内を蠢き、何かを舐めとるように自由に動いていった。
何もかもが知らないことすぎて頭がついていかない。酸素を奪われているようで息が苦しかった。

「ぁ、ふぅ…んむ……っ」

唇が離されて漸く解放される。金魚みたいに忙しなく開閉を繰り返す口が気持ち悪い。

「兄貴っ……」
「兄貴、じゃなくてたまには名前呼んで。臨也って」
「いざ、や…」

名前を呼ぶと、また口づけられた。
唇が熱くて困る。そこから心音が伝わっているような気がした。

「好きだよ、静雄」

不意に耳に届いた言葉に思わず耳を疑った。
けれどその真摯な声音はからかっているようには思えなくて、顔がますます熱くなる。
さっき言えなくて喉の奥に飲み込んだ言葉を絞り出したように声にした。

「俺も、好きだっ」

声は震えていたかもしれない。でも、今の気持ちは精一杯伝えた。
怖くて兄貴の顔が見られない。俯いて黙っていると、顔を上げられ視線を無理矢理合わされた。

「よかった、ありがとう」

そこには優しく微笑んだいつもの顔があって、何だか泣きそうになった。
しかも頭まで撫でられる。そんなことをされれば後はもう、感情に任せるだけだった。
自然と涙は零れ落ちて、目の前の胸板に縋りつく。声を上げて幼子みたいに泣きじゃくっても、その手は俺の背中をずっと撫で続けた。




「さて、これからどうする?」

あれから恥ずかしいぐらいに泣き潰した俺は本当に恥ずかしくなって、リビングで兄貴とココアを飲んでいる最中だ。
思いもしなかったことを問われて、返答に迷った。

「父さんも母さんもいないし……」

確かに今は二人しかいない。その事実がまた顔を熱くさせた。
兄貴の顔を見ると、その唇は嬉しげに弧を描いている。と同時に、何かを企んでいるようにも見えた。
何を思っているのかはわからなかったが、別に何でもいいと思ってしまう。
兄貴がいれば。そんな思考をもった自分は反吐が出そうな程気持ちが悪いと思った。

「夜を楽しみにしておいてね」
「?」

夜に何かあるんだろうか。
首を傾げた自分に、兄貴は苦笑してまたキスを一つ落とした。

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