「確かにシズちゃんは素直じゃなくて不器用で馬鹿だけど、そういうところも含めて俺が愛してるっていうことも確かなんだよ」

その後に、何一人で完結させちゃってんのもう、と咎めるような声が聞こえる。
けれどそんな言葉は頭の中には入ってこなくて、愛してると。ただ信じられない事実が心臓を抉るように突き刺して、歓喜と同時に目頭が熱くなった。
顔は茹るように熱くなっていく。声も何も出なかった。
黙りこんで硬直していると、手をとられ恭しくその甲に口付けられる。
何なんだこいつ、いつもと全然違い過ぎて気持ち悪いし、何か、心臓が熱い。

「本当に、あ、愛してんのか…俺の、こと」
「嘘言ってると思う?」
「ほっ、本当にどこにも行かないって約束、するか…?…本当に、俺の傍に」

小さく息が詰まる。目の前に端整な顔があって、またキスされていると確信した。

「全部、約束するから。どこにも行かない、シズちゃんの傍にいる、ずっと愛してる。どんなことでも約束するから」
「でも、お前そういうの嫌いって…」
「シズちゃんなら大歓迎だよ。そんな小さな束縛でシズちゃんがずっと俺の傍にいるなら」

だから泣かないで、という臨也の言葉で漸く自分が泣いていることに気付いた。
小さな束縛って、そんな小さいものじゃない。とんでもない俺の我が侭だ。
でも、そんな我が侭にも笑顔で応える臨也に、余計に涙が零れ落ちた。
そんな態度とるなら、以前みたいにあからさまに拒否してくれた方がましだ。なのに何で、こんなに優しいんだよ。
その笑顔も、慈悲深い言葉も、俺にとっては脳髄を痺れさせる麻薬のような毒だった。

「今まで放っておいてごめん。今日の予定空けようと思って仕事片付けてたら…シズちゃんがこんなにやせ細ってるなんて……」
「…俺、そんなに痩せてるか?」
「痩せてるよ。物凄く不健康に見える。俺よりも体重軽いんじゃない?」

そんなに痩せたような自覚はなかったんだが。
よくわからずに唇を尖らせていると、ふとさっきの言葉が引っかかる。
今日の予定?今日、何かあったっけ。

「今日、って……」
「え?嘘でしょ?わかんないの…!?」

純粋な疑問をぶつけると呆れたような返事がきて、思わず顔を顰めてしまう。
今日が何の日だったかなんて、そんなの一々覚えているわけがない。
最近は仕事をした後ろくに食事も摂らないでベッドの中で悶々と考え事をしていたから、日付も何も曜日さえ確認していなかった。

「今日は1月28日」
「1月、にじゅう、はち……あ」

そうだ、今日は俺の誕生日だった。
思い出して勢いよく上体を上げると、臨也の頭と大きな音を立ててぶつかってしまう。
こちらの方は軽い鈍痛で済んだものの、臨也は頭を抱えて呻いていた。
驚いて何回も謝ると、涙を溜めた目で苦笑しながらいいよ、と謝られる。この視線は絶対に痛い視線だ。
居た堪れない気持ちになって、黙って下を向いた。すると、顎を掴まれ無理矢理視線を合わされる。

「こら、そんな顔しないの。今日は主役なんだから」

お前の方が痛かっただろ、とか色々言いたいことがあったけど、全部その笑顔に吸い込まれるようになくなってしまった。
主役。そう言われてまた涙が出そうな衝動に駆られる。
駄目だ、俺。今日泣いてばっかりだ。
力強く目の辺りを擦ると、目の端が擦れて痛くなった。

「俺、今日、物凄くかっこわるい……」
「かっこ悪いんじゃないよ、可愛いの」

その言葉に耳を疑って、はぁ?と大きな声を出す。
こんな大きい、況してや声も低い自分より大きい男のことを可愛い、だなんて。
どちらかというと可愛いのはそっちの方だ。俺が男なら、臨也はどこか中性的な色香を放っている。どちらが美しく可愛いかと問われれば、間違いなく臨也の方を選ぶだろう。
なのにどうして、この男は。

「可愛くない!」
「可愛いよ、だって……」

ねとり、と明らかな性的興奮を含んだ視線で見つめられる。
その視線に、反射的にヒッと小さく声を上げてしまった。
そのまま耳のあたりに顔が近付いて、息を吹きかけられて、舐められて。

「ほら、こうしただけで顔が真っ赤になっちゃうでしょ?」

言葉と一緒に吐息もダイレクトに伝わってきて、余計に体が震えた。
馬鹿、と小さく呟いても何の意味も成さない。
仕方ない、今日ぐらいは。
誕生日だということを言い訳にして、目の前の細身に思い切り抱きついてみた。
胸の辺りに頭を押しつけて、苦しいんじゃないかってぐらいに抱き着く。
その間も、頭を撫でられながら何度も可愛い可愛いって言われて顔が熱くなった。
知るかそんなの、勝手に言っとけ。顔を隠すために、高そうな香水の匂いのする服に顔を埋める。

「誕生日おめでとう。君が生まれてきてくれて、俺はこんなにも幸福になれた。ありがとう」

そして、ろくなもの用意できなかったけど、と言って俺の左手をとった。
何をするんだろう。顔を上げて様子を窺っていると、臨也の右手の指輪が外され、代わりにその指輪は左手の薬指へとはめられる。
冷たくない指輪が妙に心地良かった。

「こっ、これ……」
「うん、俗に言う誓いの指輪って感じかな?ねえ、こんな小さなものだけど誓ってくれる?」

滅多に見ない臨也の真摯な眼差しが、現実味を感じさせないぐらい幻想的で。
言葉もろくに聞かないでふわふわした思考の中で頷いた。
あ、そうだ。俺も、俺も感謝の気持ちを。

「あっ……ありがと、な」

真剣味を帯びた臨也の表情にこちらが照れてしまって、少し言葉が拙くなってしまう。
回らない舌を無理矢理動かせてお礼を告げると、臨也の顔が段々と赤みを帯びていった。
それから暫くの沈黙。
…何だよ、何でこんなに気まずいんだよ。なんか喋れよ、何でいつもはべらべらと煩いくせにこんな時だけ黙りこんで。

「本当、予想の斜め上をいくんだね…」
「な、何か文句あんのかよ」
「否、俺としてはこの上なく嬉しい限りだよ。だけど、あー……こういうのを言葉が出ないっていうんだろうね。顔も心臓も爆発しそうだよ」

未だに臨也の手は頭を撫で続けたまま、照れを隠すためなのかその口は途端に動き出す。
そんなの、俺だって同じだ。顔も心臓も頭だって爆発しそうなぐらい熱い。
それから臨也の饒舌っぷりが戻ったのはいいものの、まだ煩く喋りつづけていた。
一人でべらべらべらべらと。ああ、煩え。
何を話しかけても意識がどこかにいっているのか、返事もない。
…仕方ない。意を決してその赤い唇に、自らの唇をぶつけるようにキスした。

「……え?う、そ?」

臨也の顔が見れなくて俯く。
でもその素っ頓狂な声を聞いて顔を上げると、声と同じく素っ頓狂な顔をした臨也がいた。
それからまた臨也は、小さく溜め息を吐いて一人で可愛いやら何やら呟いている。
だから可愛くねえっつってんだろばか。

「あ、そういえばよぉ」
「ん?何?」
「お前、さっき…お、女と歩いてたよ、な……?」

その言葉を発するのにどれだけ時間がかかったことか。
そしてその言葉を言った瞬間に、臨也の顔があからさまに曇った。
聞いてはいけないことだったのか。ということは何か疚しいことでもあるのだろうか。
そのことを考えると、心臓がキリキリと潰れそうなぐらいの痛みに襲われた。

「ふぅん、まだ信じてないんだ」
「へ?ちょっ…?」

いきなり臨也の顔が楽しそうに歪められたかと思えば、柔らかいマットレスの上に深く体が沈みこんだ。
視界には天井、顔の横には臨也の手。あ、押し倒されてるのか。
妙に冷静だった思考回路が急に鮮明になってきて、自分がどんなに危ない状況にあるのかを漸く理解する。
瞬時に顔が熱くなって、小さく弱弱しく抵抗してみるも、特に意味はなかった。

「いいよ。シズちゃんが信じるまで今日はずっと愛してあげるから」

その嗜虐的な笑みの中に優しさが隠されているような気がして、そっと腕を絡めた。
こういうのを幸せっていうんだろうな。
誕生日なんて年をとるだけだと思っていたけれど、こんなにも祝福されたのは初めてで。
近付いてくる見慣れた顔に、ゆっくり目を閉じた。



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