最近、あいつが妙にくっつかなくなった。
くっつかないっていう表現はおかしいかもしれないけど、確かにそうなんだ。
池袋で歩いていても遭遇しないし、あいつの家に行っても液晶画面ばかり見続けていて随分とそっけない態度をとる。
以前は、もっと密着していて、反吐が出るほど甘い甘い雰囲気で一緒にいたはずなのに。
その事実に鼻の奥がツンとした痛みに襲われて、ゆっくりと目を伏せた。
歩き慣れた池袋の街を歩く。寒空を見上げると、どんよりと曇った色で一面を覆っていた。
まるで自分の心を見ているみたいだ。胸の奥にもやもやとしたわだかまりが巣食うのを、黙って見過ごした。

「あ……」

歪んだ視界が鮮明になっていくとともに、あの黒ずくめの姿を見つける。
但し、隣には見知らぬ誰か。只、髪が長いことから女であることだけはわかった。
仲睦まじく、それこそ自分といるときとは反して楽しそうに、本当の恋人のように。
こちらの存在にも気付かず、腕を組んで笑顔で向かい合っている姿に、何故か異様な吐き気を感じた。
あ、吐き気なんかじゃない。違う、これは。

「……お前なんか、きらいだ」

視界がぐらりと歪んで、足の力が膝から抜け落ちるような感覚がして。
ああ、頬に当たったアスファルトが冷たくて気持ちいい。
揺らぐ視界の中で最後に見たのは夢か現か、あいつの焦ったような心配したような顔だった。




白く、白く光る。
その光の中、ただずんでいて四方八方が真っ白だ。
表現の仕方がおかしいのはわかってる。でも、そんな言い方しか思い浮かばないほどに真っ白なんだ。
その中に一際黒く、美しく輝く人型の影が見えた。
この白に溶け込まず、かといって白を拒絶するわけでもないその光は、何故だか美しく見える。
反射的に手を伸ばした。あ、離れていく。
嫌だ、行くな、俺から離れるな。嫌だ、飽きないでくれ、頼むから、俺の傍に……!

「…い、ざ……や…」

ぼんやりと曇った視界に疑問を覚えた。ああそうか、俺は今泣いている。
さっきのは夢だったと、認識してから酷く落ち着いた。
夢のように、現実でも伸ばしていた手をそのまま頬に着地させる。
乾いた指が僅かに湿っていた。

「あ、そうか……」

今俺は泣いているんだ。しかも現在進行形で。
思考がいきなり鮮明になる。見たことのない部屋に、眠ったことのないベッド。
ここはどこなんだ、と目まぐるしく頭の回転を早くしようとしても、頭が鉛のように重くなって何も考えられない。
ただわかったのは、ここが知らない部屋であること。そしてあいつの匂いがすることだった。
段々と重くなる頭に溜め息を吐いて、同時に重くなっていく瞼を閉じようと寝がえりを打つ。
その時だった。背を向けた扉が開く音が大きく部屋に響く。足音が近づいてきて、思わず狸寝入りをしてしまった。

「…シズちゃん……」

ぎしり、とベッドのスプリングが軋む。
マットが沈んだのを感じて、相手がベッドの上に座ったのがわかった。
そしてこの声は。
冷たく冷え切った指が頬に触れる。そのまま辿るように首筋まで擽られた。

「ひゃっ」

いきなりの温度差と、弱いところを触られたのとで、思わず上擦った声が出てしまう。
慌てて口を噤んだ。じっと唇を噛んで重い沈黙に耐える。
首筋を忙しなく触り続ける冷たい指は、温度が移ったのか少し温かくなっているような気がした。
不意にギシリ、とスプリングが大きく軋む音がして体を強張らせる。体の両側が大きく沈んだ。
今、上に乗られてるのか?誰に、臨也に?
目を瞑っているから今の状況がわからず、ただ強く目を閉じる事しかできなかった。

「こんなに、痩せて……」

痩せて…?そんなに痩せているだろか、自分は。
そういえば最近はろくに食事も摂っていなくて、眠れなかったから睡眠もろくにできなくて。
まぁそれは全て上に乗っている男のせいなのだけれど。
そうやって全部こいつに言い訳をこじつけて、決して自分のせいにはしない。これが悪い癖だと自覚もしているけど。
ただ、さっきの言葉の声音が少し哀しげに聞こえたような気がした。

「ごめんね…」

耳元の近くで低く囁かれたかと思えば、頬に温かく柔らかい感触が当たる。
頬にキスされていると気付いた頃には顔中にキスの雨が降っていて、鼻先、額と次々にこそばゆい感覚に襲われた。
動き出したいのを我慢して耐えていると、最後とでも言うように唇を吸われる。
何度も啄ばむように口付けられ、軽かったそれがどんどんと深いものに変わっていった。
舌で弄るように口内を荒らされ、すぐに息が乱れる自分が恨めしい。
起きていることがバレたのだろうか。否、そんなの臨也のことだから見た瞬間に気付いていたのかもしれない。
ぼんやりと朦朧としてくる意識に身を預けようと思った瞬間、見計らったかのように唇が卑猥な音を立てて離された。

「ふ、ぁ……」
「あ…起こしちゃった?」

ごめんね、と彼は美しく微笑う。
こいつは今まで何回謝っているんだろう。少なくとも、俺が知っているこいつはこんなにも自虐的な考えをもつ奴ではなかったはずだ。
歪む思考の中で考えながら、目の前の泣きそうに顔を歪ませた男を見つめた。
その頬に手を伸ばして、どうしてこんな状況になったのかを改めて思い出した。
そうだ、臨也は、違う。俺が触っちゃ、駄目だ。
頬に触れかけた手を性急に引っ込めて、その拳を力強く握り締めた。

「シズちゃん……?あ、そっか…ごめ」
「違う!……お前、さっきから謝り過ぎだ。お前が悪いんじゃない、俺が悪いんだ。俺が素直じゃなくて、不器用で、馬鹿だから…お前に飽きられても当然で……」

いつもの饒舌がまるで消滅したかのように黙りこむ。
小さく自分の欠点を話して、目の前の男に飽きられるのが嫌じゃないはずはないのに。
こいつに飽きられるのは嫌だ。でも、負担をかけるのはもっと嫌だった。
だから自分から嫌われて、たとえ悲しくても傷ついても耐えて、そして自分から離れていけばいい。
震える拳を抑えつけて目を伏せると、その拳を両手でぎゅっと包み込まれ、指を一本ずつ柔らかく開かれた。
驚いて臨也の目を見ると、唇を塞がれる。どうして、何で、何で。

「う、むぅ…な、っなん……!」
「馬鹿!違う、シズちゃん全然違うよ」

咎められるような視線を受けて、思わず逸らしてしまう。
違う、って違うのはお前の方だ。それに馬鹿って、あまりにも酷過ぎる。
そう言いだしたい気持ちを抑えて強く唇を噛み締めた。



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