※もし臨也が罪歌の子になったら





今日は珍しく扉に施錠をして、深い眠りについてしまおう。
ガチャリ、と鍵が閉まる音が部屋に響いた。脱いだベストを洗濯機に放り込み、早々にベッドに横になる。
今日一日のことを思い出して、額に血管が浮いた。
駄目だ、こんな忌々しいことは忘れて、眠ってしまうのが一番だ。
風呂に入ることも忘れ、深い微睡みに落ちようとしたそのとき、鍵をかけたドアがだんだんと煩く叩かれる音がした。

「チッ……誰だよ…」

鬱陶しく金髪を掻いて、玄関へと足を向ける。
眠気故か、ドアの外を確認せずに鍵を開けてしまった。そのときは知らなかった。
まさか、まさか。

「………ノミ蟲?」

そこには目をいつもより真っ赤にさせて両の手にナイフを持っている臨也がいた。
俯いていて俺の方が身長があるため、臨也の表情がわからない。
けれど、何かとてつもなく嫌な予感がした。わからないけど、俺にとって最悪なことが起こりそうな予感が。
ドアノブから手を離して臨也の肩を押そうと手を伸ばすと、その手を音がするほど強く掴まれる。
嫌な汗が背筋を伝った。

「…臨也……?」
「ふふ……やっぱりここにいた」

口許だけを歪ませて臨也が笑う。いつもの憎たらしい笑みでもなく、柔かな微笑みでもなく、狂気を孕んだようなその笑み。
少し怖くなって後ずさってしまった。
すると、臨也も奇妙な笑みを零しながら迫ってきて、後ろ手で扉とその鍵をガチャリと施錠してしまう。
ヤバい。怖い。好き合っているはずなのに、何故か言い表せない恐怖感がせせり上がってきた。

「臨也、じゃない……」

直感的な違和感を感じ取った。こいつは臨也じゃない。
言葉にすると目の前の男は言い表せない程嬉しそうに、口許を歪ませて笑う。
その笑みがやっぱりいつもの臨也と違って、この男は臨也じゃないんだと改めて確認してしまった。

「この男、折原臨也っていうんでしょ?この男の体は都合がいいわ。誰とも仲が良いし、皆言うことを聞いてくれるし、それに母さんが愛している静雄にまで会えたんだもの!」

狂気を孕んだ眼差しで舐めるように見つめられ、鼓動が早まる。
汗が身体中から出てくる感覚に目の前の光景を嘘だと信じたかった。
でも目の前の男はそれを否定する。もうどうしていいかわからない。
ただ見つめ、睨んでいると、急に男は笑いだした。

「あっははははは!凄いのね、この男!強くて強くて強靭な静雄にこんな顔をさせるなんて!ふふふ、これで静雄を愛する(斬る)ことができるのね……ふふ」

右手の指を口許に当てふふ、と笑みを零す臨也ではない臨也に、気持ち悪いと心からそう思ってしまう。
もう我慢できなくなって咄嗟に相手に手を伸ばすと、その右手のナイフが臨也の首元に当てられた。

「抵抗すると、この男が死ぬよ」

つぷり、と血の雫が浮き出る様子に背筋が凍った。
銀色の刃に鮮やかな紅が滴っていく様子が妙に不気味で怖い。声が震えて出なかった。
遂には足まで震えだしてその場に立つのがやっとの状態。
不気味に笑っている男はナイフを構えて今か今かと待ち望んでいるようで、震える手を押し込めてギッと睨みを利かせる。

「手前は…誰、だ……」

やっとのことで絞り出した声は、掠れて嗄れて、みっともない小さな声になっていた。
その問いにも不気味に笑って、嬉しそうに顔を近づけてくる。

「折原臨也、じゃなくて罪歌っていうんだよ。この前家族がお世話になったばかりだけど」

リッパーナイト、そう呼ばれる日のことだ。そう思い出した時には、視界は反転していた。
気付けば床の上に打ち付けられるように押し倒され、ネクタイにナイフを押しつけられている。
自分がいた。




「血、甘いね」

臨也の声、手、顔、眼差し。全てが確かに臨也のものだ。
けれど体はその声と手つきに従順なもので、下半身はすぐに顕著に反応を示す。
違う、臨也じゃない。臨也じゃなくて、罪歌なのに。違うのに。
そうなのに、その熱を孕んだ舌としなやかに肌を滑る指に自分の体も熱を孕み始める。
何度も何度も首を横に振っても逃げていかないその熱に、自然に涙が零れた。

「は、っぁ……」

男はというと、さっきから胸にナイフで真一文字の傷をつけては男が血を舐めて傷が塞がる。そしてまた傷をつける。その繰り返しだった。
同じ場所に何度もつけられた傷跡がじんじんと熱く痛み、涙が滲む。
そのもどかしさを我慢できなくて、男の頭を掻き抱くと鬱陶しいというようにその手を払われた。
ただ斬られ、舐められを繰り返されて。ああもう駄目だ、耐えられない。
舐められた箇所が一層痛んだ。

「ふぅ、う……臨也、臨也ぁ……」

折原臨也の名前をずっと呼んで、自分の拳を強く握り締める。
名前を呼んでも仕方ないことはわかっていた。目の前の男が折原臨也じゃないから。
でも名前を呼ばないと知らない男に犯されているようで、自分が壊れそうで。だからずっと名前を呼んだ。
そうしていると、目の前の真っ赤な眼をした男がその眼を細めてすっと頬を撫でる。

「この男に、折原臨也に愛されたい?」

臨也の声で、あの憎たらしいほどの笑みで問うものだから、思わず頷いてしまった。
しまった、と思ったときには時既に遅し。男は嬉しそうな笑みで一気にスラックスを脱がし、同時に下着も脱がした。
体が硬直する。頭が一瞬にして真っ白になった。

「いざ…っ!?ぁ、ああ!」

今度こそ本気で頭が真っ白になった。扱かれている。
嫌だ、直感的にそう思ったのに、頭はどんどん快楽に支配されていく。
口をはくはくと開閉させるだけで言葉にしたい言葉は意味のない声となって部屋に響いた。
やばい、何か、出る。

「ふぁ、あ、いざ、やぁ……らめっ、でる、でるぅ…!」

無言のままの男が怖くて、臨也の顔なのに何も言わないのが怖くて。
その恐怖感から涙腺が決壊して大粒の涙が頬を伝っていくのがわかる。
けど、臨也の手が、熱が直接性器に触れていて、嫌でも声を出さずにはいられなくなってしまった。
もう限界が近い浅ましい体が憎い。

「イきたい?いいよ、イっても」
「え?あ、やっ、いやぁ、やめ…っ、ひゃあぁ!」

その手も声も臨也で、意思だけが臨也じゃないから抵抗したいのに体から力が抜けていく。
拒絶を示すのは心からの嫌悪感と言葉だけで、体は誘いこむように臨也にしがみついていた。
矛盾する体と心が嫌で嫌で、涙が溢れて止まらない。
そのまま体は絶頂を迎えて、臨也の手の内に粘性のある液を放出してしまった。

「ふふふ……やっぱりこの男には逆らえないんだ…」

どうにか息を整えて反抗しようと考えているうちに、元から歪んでいた目許を更に歪めてその白濁を絡ませた指を後ろの窄まりに這わせた。
嫌だ、という前に指を挿入されて探るように動かされては、開発されきった体は従順に反応を示す。
高く引き攣った声ばかりが出てきて拒絶の声が出てこない。

「ひぃ、ぁ…や、ひゃあぁ…!」

挿れられてから間もなく、指を引き抜かれ反射的に声が出てしまう。
その先を期待して忙しなく収縮を続ける自分の後孔に嫌気が差した。
そしてそこに熱い塊が宛がわれて、自然と下半身に熱がこもる。

「あはは……可愛い、可愛いよシズちゃん」
「…っ、え?今、おまっ…あ、あぁ!」

シズちゃん。確かにそう聞いた。
久しぶりに聞いた自分の愛称に違和感を覚え問おうとした瞬間に、その熱い塊が一気に挿入される。
そのまま腰を掴まれ揺さぶられ、あまりの気持ち良さに意識が飛びそうになった。

「臨也っ、い、ざやぁ、いざやぁ!」
「っ、はぁ…ごめんね、シズちゃん…ちょっと罪歌が暴走しちゃった、みたいでさ……怖い思い…っ、させちゃったね…」
「ふぇ、こわ、こわか、ったぁ……いざやっ、こわかった……!」

ああ、本物の臨也だ。
そう認識すると涙腺は壊れきって涙が堰き止められなくて、ただ一心に臨也に抱き着いて泣き声を上げた。
情けないとは思う。けれど、しゃっくりも嗚咽も止まってくれなくて、それを誤魔化すために臨也に抱き着くしかなかった。
暫くして息も整い始めたとき、頭上から息を飲む音が聞こえる。

「ちょっと……そういうの、本当ヤバいって……」
「?…臨也、どうし、ああッ……!?」

言葉を言いきる前に臨也に激しく揺さぶられて、何も考えられなくなる。
ある一点を突かれたとき、脳髄が痺れるような感覚がして背がしなった。
自分の口からありえないぐらい高い声が出て口を塞ごうとしても、その前にその一点を何度も攻められ手が動かずに終わってしまう。
無理、無理だ、と何回も伝えているのに臨也は何回も俺の愛称を呼びながら、その腰を止めないままだった。

「シズちゃん…っ、イきそ?」
「あ、イくっ、イっちゃ……」

じゃあ一緒にイこうか、と臨也が言ったと確認した途端、より一層激しく揺さぶられた。
目の前が白黒になって、チカチカと火花が飛ぶような感覚がして。
臨也の首にしがみつきながらだらしなく声を上げていると、目の前の端整な顔が嬉しげに微笑んだ。
その笑顔を最後に、意識を飛ばす。お腹の辺りが温かく満たされていくのを感じた。



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