あれから、俺は池袋にいてもシズちゃんと遭遇しなくなった。
それが一日ならまだしも、2日、3日と続き、とうとう一週間になった。
完全に避けられている。まぁその理由なんて明確なものだ。
俺があのとき、口を滑らせて本心を言ってしまったから。今思えば俺はとんでもない失態を犯したんだと思う。
今まで喧嘩して、追いかけっこを繰り返して、殺し合いをしていた相手から急に告白されるなんて。
俺も大概にしろ、と自分でも思う。
でもまさか、シズちゃんが女の子だったなんて。その事実にショックを受けながらも、嬉しさを感じていたことも確かだった。
けど、やっぱり残るのは後悔とショック。どうして自分はあの時勢いに任せて、自らの本心を言ってしまったんだろう。
ぐるぐるとサイクルする思考回路に、俺の脳は悲鳴を上げていた。
この要領だと、仕事も捗らないだろう。
毎日出向いている池袋に行くのも億劫になって、俺は自室のソファに身を沈めた。

「あら、あなたが仕事をしないなんて珍しいわね」

聞き慣れた声が鼓膜を揺らす。
両手で覆った目を薄く開いて指の隙間からその声の主を見ると、何もないという風に無表情で冷めた目でこちらを見ていた。
あー。彼女にとってはどうでもいいんだろうな、弟以外。
さっきの声を完全に無視して、今日は休むことにした。体も、頭も。
それから足音がして、紙に筆を走らせる音しか聞こえなくなる。その音が、今の俺にはとても心地よいものだった。
今日だけは、パソコンも携帯もシャットアウトして、一人の世界に入り浸る。
でもそんなことをしていたら、余計にあの金髪のことしか考えられなくなった。シズちゃん、シズちゃんシズちゃん。頭の中は彼女ばかりで。
もう溜め息を吐くことしかできなくて、とうとう机の上に突っ伏した。

「……情緒不安定かしら?」
「………信じたくないけど、どうやらそうみたいだよ…」

情緒不安定。今の俺にピッタリの言葉なのかもしれない。
現に、今の俺の頭の中は一人の人物のことを考えるのに精一杯だ。
もういっそ、このまま寝てしまえば、思考回路もシャットダウンされて楽になるのかもしれない。
そう考えていると自然と眠気は襲ってくるもので、俺はその眠気に逆らわず意識を飛ばした。

それから何時間経ったかはわからない。気がつくと窓の外は赤く色づいていた。
ふあぁ、と一つ大きな欠伸をして背伸びをすると、関節がボキボキと音を立てる。
どうやら俺は随分と長い時間寝ていたらしい。おかげで頭が揺れているような感覚がある。
まだ覚醒しきっていない頭で時計を見ると、6時間も経過していた。やっぱり結構寝ていたみたいだ。
今日何度目になるかわからない溜め息を吐いて、帰っているはずの秘書を探す。
一応仕事はこなしているようで、きちんと纏められた書類がそれを物語っていた。
そしてその書類の束の横に、小さなメモが置かれているのを見つけた。それは殴り書きされた字で一文。

『貴方の嫌いな彼、来てたわよ』

シズちゃんだ。
俺はあの時、寝ていたことを酷く後悔した。
ああもう、俺の馬鹿。シズちゃんから俺の家を訪ねてくることなんて初めてだったのに。
とりあえず今更後悔しても遅い。しかも、あんな恥ずかしい告白をした後だから会いにくいし。
安心したのか後悔したのか、よくわからない気持ちでまたソファに体を沈める。

それにしても、シズちゃんはどうして俺の家を訪ねたんだろう。
大方予想はつく。どうせ俺に文句でも言いに来たんだろう。もしくはごめんなさい、か。
そんなのわかりきってる。別に言いにこなくてもいい。只、いつもと同じように殺し合いをしてくれればいい。
なんていうのは自分の独り善がりなんだけれど。
シズちゃんの頭が俺の事でいっぱいになればいいなあ、なんて考える辺り、自分はもう末期だろう。
そんな自分に嘲笑を漏らす。それと比例するように、鼻の奥がツンと痛んでくる。
無視したかったけれど無視できなくて開き直ってしまおうか、そう思った時、メモの裏の方に筆跡があるのを見つけた。
何だろう。

『試しに彼を家に入れて、貴方が寝てるとこ見せてみたんだけど……。彼、貴方の寝顔見ながら微笑んでたわよ。貴方たちってそんな関係だったのね。私は深く干渉しないけど』

嗚呼、顔が熱い。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -