油断していた。臨也は数分前の自分につくづく後悔していた。

『お前のせいで静雄がいなくなったんだぞ!早く探せ!』
「今探してるからちょっと待ってよ。金髪にバーテン服なんてどこにいても目立つでしょ?」

臨也は携帯を操る右手をそのままに、左手でガシガシと頭を掻いた。
横にいる、黒バイクを操る女、セルティはPDAで臨也への文句を淡々と綴りながら、親友の心配をしている。
臨也は液晶画面に羅列される文字を読み、溜め息を吐く。駄目だ、まるで収穫がない。

数分前、臨也は池袋をクライアントと一緒に歩いていた。
その点に関しては別に問題はない、只の依頼主と情報屋なのだから。
問題は、その日池袋を歩いていたこと、そしてそのクライアントが女で臨也に好意をもっていたこと。
それから、時間帯が昼だったこと。
それらの最悪な条件が重なって、臨也にとって予期せぬ事態が起こってしまった。

「それでね、奈倉さん!私の彼が私の作った料理を不味いって言ったのよ?どう思う?」
「あー、それは駄目だと思うよ。彼女が作ってくれた料理は味がどうであれ、愛情がこもってるんだからちゃんと美味しいって言って食べないとね。俺だったらそうするけどな…。ただ、料理の感想とかアドバイスは言ってあげるけどね」
「やっぱり!奈倉さん、私と気が合うわ!」

クライアントの女は微笑んでそう言うが、臨也の頭の中には気の短い溺愛している恋人しかいなかった。
あー、シズちゃんこの間料理作ってくれたっけ…。美味しいって言ったら喜んでたな。あの笑顔は可愛かったなー……。
臨也は頬を緩ませて想像を膨らませていた。女は女で淡々と話を続けていく。
ふと、臨也の目の先に金髪、バーテン服の恋人の後ろ姿が。
こっちを見ないでほしいな、と思った瞬間、臨也の腕に女が抱き着いた。

「私、今の彼と別れるわ!奈倉さんと付き合う!」
「え?……はぁ…?」

どうしてどういう流れになったのか、臨也にはさっぱりわからなかった。
只、静雄のことを考えている内に話は進んでいて、適当に相槌を打っていたら何故かそういう話になってしまったらしい。
これは困った。勝手に俺と恋人同士にされたら面倒なことになる。
俺は人間に関しては傍観者でいなければならないのに。
俺には恋人がいる、と嘘っぽい真実を吐いてなかったことにしよう、と臨也は考えて女の方に向き直った。
次の瞬間、臨也にとって信じられないことが起こる。

「…………っ!?」
「ふふっ、奈倉さんの唇もらっちゃったわ!」

……本当、何てことをしてくれるんだろう、この女は。
臨也は内心で悪態を吐いて、気付かれないように唇を拭った。
早くシズちゃんとキスをしよう。臨也が女の腕を払おうとしたとき、ガタン、と大きめの金属がアスファルトとぶつかる音がした。
臨也が音にひかれて見ると、バーテン服の青年が顔を盛大に歪めている。

「っ、死ねノミ蟲っ!」
「え、ちょっと、シズちゃ……」

静雄は顔を悲しそうに歪めて、只当てもなく走り出した。
その場に残された臨也は危機を感じて、静雄を追いかけようとするが、腕には女がしがみついている。

「奈倉さん、どこへ?」
「今は君に構ってられない。っていうか俺は君に興味ないよ。君はただのクライアントで、俺はただの情報屋。それ以外の感情、関係は皆無だよ。だから腕、離せよ」

半ば強制的に臨也は腕を振り払い、静雄を追いかけた。
女なんか知らない。臨也の脳裏に、あの瞬間の静雄の顔が浮かんで仕方ない。
静雄が走って行った道を追いかけてもあの金髪は見当たらなくて、臨也は舌打ちをして携帯を弄りだす。
どこの掲示板を見てもまだ静雄の様子は書かれていない。

「っ……くそっ……」
『くそっ、じゃないだろ!』

携帯と臨也との間にもう一つの液晶画面が差しこまれた。
そして冒頭に戻る。
携帯を操作して、必死に情報を得ようとしていると、頭に衝撃と痛みが走った。

「痛っ!ちょっと、いきなり何」
『いきなり何、だと!?お前は自分が何をしたのかわからないのか!』
「っ、わかってるけど…あれはクライアントだし、それに……今シズちゃんを必死に探しているところで」
『お前の探しているというのは携帯と向き合うことなのか?男なら走って血まみれになってでも探しに行くんじゃないのか!』

セルティはPDAに全ての思いを込めるように文字を打ち込み、臨也の眼前に晒す。
その純粋な、正当な意見に、臨也は何も言えなかった。そして何かを決心したように携帯を閉じる。
セルティが探すのも諦めたのか、とまた次の文句を打ち込もうとしていたところで、臨也の真摯な瞳が首のないヘルメットに向けられた。

「ありがとう、黒バイクさん。さすがはシズちゃんの親友だね。多分、シズちゃんもこんなことはしないはずだ」
『……?』

PDAに疑問符を打ち込むと、返って来たのは臨也の焦ったような笑い声だった。
臨也はひらひらと二、三回手を振ると、凄まじいスピードで人混みの中へと消えた。
セルティは肩の力を抜いて、空を見上げる。
やっぱりあいつも人間だった。あんな顔、するんだな。
セルティはそのまま逆方向へとバイクを走らせた。

静雄は只、只管に走っていた。
先程見たのは恋人である男と、見知らぬ女が街中でキスしていた光景。
駄目だ、想像するだけで目頭が熱くなってくる。静雄は路地裏に逃げこんでうずくまった。
そのまま膝を抱えるようにして座り込んだ。
静雄はきゅっと口を噤む。同時に涙腺が緩んで、我慢しきれなかった涙が頬を伝って零れ落ちる。
下唇を噛んで声を押し殺した。その背中は震えている。
結局臨也は男の俺じゃなくて、女を選んだ。それは男しては当たり前で、こんな男に今まで愛を与えていた方が珍しいと思う。
けれど、溢れる涙は止まってくれなくて、堰き止められなくなった嗚咽もとうとう溢れだした。

「ふぅ、う……ひぐっ……」

泣き声が路地裏に響く。静雄は引っ切り無しに涙を溢していた。
背後に迫る影は、そんな小さくなった様子の静雄を見つけて驚愕する。
汗を掻いて、息を切らして、普段の冷静な様子とは違った臨也は、大きいのに小さく震えるその背中を衝動的に抱き締めた。
静雄は急に現れた温かみに驚いて、尻もちをつく。
静雄の頬に背後から親指が当てられて、そのまま目許へと上がって雫を掬われた。

「俺のせいで泣いてる?ごめんね」
「…臨也……?」

自意識過剰だ、と言いかけた言葉も、臨也の頭を撫でる手に吸い込まれた。
静雄は泣いていた現場を見られて動揺している。
女に恋人をとられて泣いている男なんて、女々しいほか言いようがない。しかも、それが静雄だから、だ。
きっと気持ち悪いと言って嘲笑うに決まっている。きゅっと口を噤んで、静雄は涙が込み上げてくるのを我慢した。
臨也は先程から小刻みに震えている静雄を精一杯に抱き締める。首筋に唇を寄せて音がする程に吸いついた。
静雄の肩が大きく跳ねる。

「い、臨也、何してっ」
「ここでシちゃおっか?って言ったら怒る?」

耳元に直接吹き込まれる臨也の吐息と声に、静雄は体を震わせて顔を赤くする。
静雄は怒りもせず、怒鳴りもせず、腰に回されている腕を離さないという風に掴んでいた。
否定も肯定もしない静雄に、臨也はクスリと笑った。

「それは冗談だけどね。でも、俺はそれぐらい君のことを愛してるんだよ?」
「う、嘘だっ…だって、さっき」
「あれはあの女からの一方通行だよ、俺からしたんじゃない。っていうか、キスするんだったらこっちの方が断然いい」

そう言って臨也は静雄の顔を後ろに振り向かせ、唇を重ねる。
静雄はいきなりのことに驚いて、咄嗟に目を閉じた。
それをいいことに臨也は、静雄の唇を二、三回舐めて、無理に唇を割いて舌を挿しこむ。
奥に引っ込んだ舌を見つけるとそれを引きずり出して絡め取る。上顎を舐めて、歯列をなぞって、縦横無尽に口内を荒らした。
何度も角度を変えて行われるそれに、静雄の息も絶え絶えになっていて、焦点の合わない瞳で必死に臨也を見る。
そんな静雄の様子に、臨也は口角を吊り上げて唇を離した。

「ごめんね、シズちゃん」
「ぁ、はぁ…いざっ、ん」

息を吐く間も与えず、再び唇を重ね合わせる。
呼吸の仕方がわからない静雄は、只臨也についていくので精一杯だった。
ぎゅっと臨也のコートを握って息苦しさに耐える。でも、息苦しくてもそれに勝る心温まるような感情が、静雄を歓喜させた。
それから数十秒して漸く唇が離れる。静雄は背後にいる臨也に、自らの背を預けてぐったりと雪崩れ込んだ。
そんな静雄の様子に、愛しさが込み上げて臨也は思い切り静雄を抱き締める。

「はぁ、ふ……いざ、やぁ…」
「うん。シズちゃん好き、愛してる。俺のために嫉妬したとことか、俺のせいで泣いちゃうとことか、キスが上手くできないとことか、全部含めて大好き」
「いざ、や、もう……他の女と、キスとか、すんなよ…」
「っ、わかったからさ……家、帰ろっか?」

こくりと赤くなりながらも小さく頷く静雄に、臨也は衝動的に抱きついてキスをして、また抱き着いた。
それから臨也は立ち上がって、アスファルトに座り込んでいたためにコートについた砂やら埃やらを軽く落とす。
そして静雄に行こう、と手を差し伸べようとして異変に気付く。

「……シズちゃん?」
「…………立てねぇ……」

静雄はどうやら先程の熱烈なキスで腰が砕けたらしく、上手く足が機能していなかった。
腕に思い切り力を入れて立とうとしているのだが、足が震えてかくりと膝から折れて崩れてしまう。
いつもと違う自分の体に戸惑っているのか、静雄の瞳はうっすらと膜を張っていた。
一方の臨也は静雄の様子に歓喜していて、片手を口許に当てわなわなと震えていた。
自分の施したキスのせいで立てないなんて、しかもそれが強靭な筋肉の持ち主である静雄が、だ。
臨也は嬉しすぎて、思わず頬が緩んでしまう程だった。

「な、何で……」
「キスで腰が砕けるなんて、シズちゃん可愛いよ!」
「うわっ!?臨也っ、やめろ、下ろせ!」

臨也は思わず静雄を抱えあげた。所謂、お姫様抱っこというもの。
意外と軽い体に驚きながらも、臨也はどんどんと歩みを進めていく。
静雄は軽く抵抗しながらも、臨也が歩みを進めていくごとに次第に大人しくなっていき、最終的には臨也の胸に自らの頭を預けていた。

「……死ね、臨也の馬鹿」
「はいはい」

ぶつぶつと悪態を吐いてはいるものの、コートを握った手を離さない辺り、この体勢に関しては何も文句はないらしい。
臨也はそれに満足して、そのまま静雄の家に向かった。
後日、ダラーズの掲示板に新宿の情報屋と池袋最強が付き合っているとかいう噂が流れたとか流れなかったとか。






刹那様に相互記念として捧げます!!

刹那様、遅れてしまい申し訳ありません…!←
そして中途半端な感じで終わってしまいましたorz
そのうえに長文←
ただ女に嫉妬して泣いちゃうシズちゃんが書きたかっただけという欲望の塊です、すみません(´・ω・)
何かこういうの多いな、私……←

相互ありがとうございました!!
そしてこれからもよろしくお願いします^^
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -