家に着いてシズちゃんをソファに座らせ、朝まで使っていた毛布をシズちゃんの膝にかける。
好きに使っていいから、と一言付け足して、俺は部屋に替えのズボンを取りに行った。
服をいっぱいに置いてある部屋に入って、丈が長くて履けなかったズボンを取り出す。
シズちゃんの脚の長さに合うかどうかはわからないけど、とりあえず持っていくことにした。
シズちゃんを座らせていた部屋に戻ると、俺が貸した毛布を抱き締めるようにしてソファに横になっている。
その姿に少し安堵して、ズボンをシズちゃんの頭の近くに置いた。

「ん……?」

少し微睡みかけていたシズちゃんは、ごしごしと目を擦ってズボンの方を見ている。
あ、今思えばソファに血がついてるかもしれないんだっけ……。まぁいいや、シズちゃんのだし。
と思うぐらいに依存している俺は相当な変態なんだと思う。自分でもわかってはいたけれど。
暫しシズちゃんの様子を見ていると、ズボンを足に合わせたりズボンを凝視しているシズちゃんと、ふと目が合った。

「……その、出て行ってくれねぇか…」
「え、何で?」
「いや、着替えなきゃ駄目、だし……」
「?ここで着替えれば………あ、そっか。ごめん」

さも当たり前のように返すと、シズちゃんは困ったように頬を赤らめたからやっと気付く。
そうだ、シズちゃんは女の子だった。男の目の前で着替えなんてできるわけない。
………あれ、体育とかどうやって着替えてたんだろ。俺しょっちゅうサボってたからわかんないけど。
え、何、公開生着替えだったの?

「そういえばシズちゃんってさ、体育のときとかどうやって着替えてたの」
「トイレで着替えてた」
「男子トイレ?」
「当たり前だろ」

照れた素振りも見せずに飄々と言ってのけるシズちゃんに少し男前なところを感じた。
でも男子トイレで女子が着替えてた、なんて普通だったら男が群がってもおかしくない状況だよね。
あー、男子トイレ行くんだった。
ふと気付くとシズちゃんの視線が俺に向いていて、俺は慌てて部屋を出た。
バタリ、と扉が閉まる音。次いでジッパーを下ろす音やらガサゴソと脱ぎ着する音が扉の内側から聞こえて、どうしようもなく気持ちが昂られる。
だってあれだよ、木の板一枚越しに好きな人が着替えてるんだよ。思春期の中坊じゃないけど、そりゃあ興奮しない方がおかしいでしょ。
でも覗いたりして嫌われるのは嫌だから、壁に背を預けて着替えが終わるのを待つ。
うん、俺って意外と辛抱強い。

「…い、臨也……」

シズちゃんの声がしたかと思うと、扉の間からシズちゃんが顔だけを覗かせていた。
身を乗り出して何があったのか聞こうとすると、動くなと制止をかけられる。

「トイレ借りてもいいか?」
「いいけど…。あ、その部屋にトイレに繋がる扉あるはずだから」
「おう。わかったんだけど、その………な、ナプキンとかって、あんのか、よ……」

次第にシズちゃんの声は小さくなっていき、最終的にはもごもご言って何言ってるのかわからなくなったけど、とりあえず言いたい事は伝わった。
そういえばこの間自分用とか言って波江が買い足ししてたような……。
それにしてもこうしてちゃんと見ると、やっぱり女の子なんだなぁって自覚させられる。

「トイレの中の棚にあると思うよ。なかったら言って」
「おう…あ、ありがとな……」

顔を赤くしてシズちゃんは小さくお礼を言って、バタンと扉を閉めた。
シズちゃんのお礼を、しかも俺に対して言ったのをはじめて聞いたような気がする。
っていうか、俺がお礼を言われるようなことなんてしてなかったのが原因なんだけど。
そうだ、いつも俺は憎まれ口ばかり叩かれてきた。自分の行いが原因で。
けれど、これからはシズちゃんに優しくできる。今までとは違って、女の子なんだから。
いや、女の子だから優しくするってわけじゃないけど。

シズちゃんを男だと思ってた頃は、そりゃあ嫌われて気を引こうと頑張った。そうでもしないと、俺に見向きもしないだろうからね。
男に優しくする男なんて気持ち悪いだけでしょ。だから嫌われて嫌われて、君の視界に俺が入ればそれでいい、そう思ってた。
現に俺の匂いや気配だけで俺がどこにいるかをわかるようになっている。凄いことだと思うよ。
でも女の子だよ?しかも好きな女の子。
女の子となれば、男に接するときとは違って優しく接しても違和感はないし、好きなように自分をアピールできる。
男が女に好きだと言っても違和感はないし。
…けれど、好かれることは無理なのかもね。俺のこと、とことん嫌ってるし。多分今俺に従ってるのも気まぐれなんだろうな。
少し目頭が熱くなってきた。壁伝いにずるずると座り込んで溜め息を吐く。

「……着替え、終わったぞ」

気付けばシズちゃんは着替えを終えていて、俺の方を気まずそうに見つめていた。
俺はその視線に無理に微笑んで返して、立ち上がる。
扉を開けて、シズちゃんを先に中に入れてから俺も部屋に入った。
俺には長かった丈のズボンは、シズちゃんの脚にはちょうどピッタリと合っていたようで、シズちゃんのものなんじゃないかと思うほど。

「お腹痛いでしょ、座ってなよ」
「臨也」

立ち尽くしたシズちゃんに声をかけると、俺の名前が返ってきた。
何か温かい飲み物でも持ってこようかと思っていた俺は、後ろにいるシズちゃんを振りかえる。

「何?」
「何で、そんなに優しいんだ?俺が……女だから、か?」

少し悲しそうな顔をしたシズちゃんと目が合う。
俺が暫く黙っていると、シズちゃんは俯いてふるふると肩を震わせた。痛いほどに握られた拳は、今にも俺の方に飛んできそうだ。
俺はそのシズちゃんの様子が気になって、すぐさま近付き、その拳をゆっくり開いて両手で握る。
シズちゃんの体がピクリと小さく跳ねた。

「違う。それは違うよ、シズちゃん」
「いざ、」
「好きなんだ。女の子だから優しくするとかじゃなくて、君が好………」

嗚呼、取り返しのつかないことを言ってしまった。



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