「つきちゃん」
応答なし。いつものことだけど。 彼はずっと文字の羅列を見つめてる。こういう人を文学少年とかって言うらしい。でもそれは全く関係ない。 何が楽しくて人間が書いた下らない文章を読んでいるのか。それを臨也に聞くと、彼は本からでしか情報を汲み取ることができないらしい。だから毎日こうして本を読み漁っている。 とは言っても、側に対になるアンドロイドの俺がいるんだから、少しはこっちに向いてくれたっていいのに。それに、情報だって俺から聞けば………。 考えれば考えるほど苛々してくる。彼はすぐに臨也に頼るくせに俺には頼らない。サイケにだって津軽にだって日々也にだって。そのくせ、一番近くにいる俺には頼らない。イコール、それは拒絶でしかない。 その考えに辿り着いたのはつい最近で、今では会話を交わすことだって難しい。 でも、そんなことに苛々してる自分はやっぱり、つきちゃんのことが好きなんだと自覚した。 だから拒絶されても、諦めはしない。
「…いっつも本読んでるよね。どうせ人間が書いたんだから、一つの物事を盲信してるような文章なんでしょ?下らない」
つきちゃんの肩に手を置いて後ろから覗きこむ。やっぱり、下らない内容だった。 どうしてそんなものに興味が湧くのかわからなかったが、つきちゃんが読む物だから多少は認めることにする。それでも、嫌悪感は拭われなかった。 こっちを向いてくれない。 本に嫉妬とか、自分でも笑えるぐらいだけどこの際どうでもいい。とことん読書の邪魔をしてやろう。 まず、目の前にある耳に唇を近付けてみる。案の定、つきちゃんはピクリともしなかった。
「…………つきちゃん」
今度は小さめの声で彼の名前を。 耳元で囁いた後、リップ音を響かせて耳にキスを落としてみた。 それでも彼は振り向かない。 さあ次は何をしよう。ここまで考えたところでつきちゃんの耳にかかった眼鏡が見えた。 これは好都合とばかりに、その眼鏡を外すと一瞬つきちゃんの体が動いた。 でもやっぱり視線は本で、微動だにしない。眼鏡に度が入っていないのかと思ったらそうでもなく、実際かけてみたら頭が痛くなるほどのキツさだった。 じゃあ残る可能性は後一つ。
「つきちゃん、好きだよ」
パタン! 勢いよく本が閉じられたかと思えば、彼はそのまま三角座りをして顔を埋めてしまった。
「つきちゃ、」 「………ろっぴさんが、近くにいるのに、読書、できるわけないです………」
そうやって耳まで真っ赤にさせて言う彼に驚く。 まさか、嫌われてたはずじゃ。だってこんな反応はまるで。 思わず期待してしまいそうな反応に、硬直。思考まで停止したようだった。
「…………ろっぴさん?」
何も言わない俺に不安になったのか、つきちゃんが少し目を覗かせながらこちらを振り返った。その目元が真っ赤に染まっていて、顔が可愛くて可愛くて。 思わず頬を包み込んで、彼が目があまり見えないのをいいことに、そのまま自らの顔を近付けていた。 唇が離れて数秒、何とも居たたまれない心持ちになって、持っていた眼鏡を持ち主の元あった場所へと返す。すると、視界が鮮明になったつきちゃんの顔が真っ赤に染まった。
「ろっ、ぴさん……反則、です……」 「…………!」
ああもう、やっぱり彼は可愛い。 本が落ちるのも気にせず、つきちゃんの体を引き寄せた。
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