アストロノート



ふわふわと星屑の海を彷徨う。宝石のようにきらきら瞬く星達の間をすり抜けて、どこまでも、どこまでも。

こうやって、何をするでもなく、星達が流れていくのをぼんやりと眺めているのが大好き。……大好きだけれど、いつも同じ夢しか見られなくて、少し退屈に思えるようになった。他の人は毎日違う夢を見ているらしい。こうなっているのは私だけ…。私は星たちの世界に捕えられてしまったのだろうか。


どこまで行っても星しか見えない世界、いつものように過ごしていると、何やら変わった形の岩が遠目に見えた。私は驚くことに、夢の中だからだろうか、遠くのものを目の前にあるみたいにハッキリ認識できるし、一瞬でそこに行くこともできる。当然、凍えることもないし、体が破裂したりもしない。勝手に体が逆さになることもない(宇宙に上も下も無いが)。だからいつものように、近寄って観察しようとした。


「顔……?」


なんと、その岩には人の顔のような凹凸がある。それに気付いた途端、その塊がヒトの形に見えるようになった。それと同時に、得体の知れぬ恐怖と好奇心に襲われた。

そのヒトは奇妙な体勢をしていて、背中からは大きな翼が生えていた。地球の人には翼なんてもの欲しくても付いていない。宇宙人だろうか……?この夢を見始めてから一度も生き物に出会ったことがないので、判断をつけ難い。体格からして男だろうか。それにしては髪が長い気がする。

あまり近寄ると、突然動き出して捕食されるかもしれない。そう思って距離をとってみるが、いつまで経っても動き出す気配は全くない。くるくると回りながら一定の速度を保っているのは、きっと自らの意思じゃあないのだろう。動きたくても動けないんだ。


「……あなたもひとりぼっちなの?」


親近感に似たようなものを感じ、警戒するのをやめて手を伸ばす。この状態からして、最後には目を覚ます私と違って、ずっと宇宙の中に取り残されているのだろう。じわり、と胸の中に生まれたこの気持ち、可哀想だとか、同情だとかではないような。

指がその鉱石のような肌にちょいと触れた瞬間、その周囲が肌色を帯びた。驚いて手を離すと、元の鈍色に戻る。また触れる、肌色になる、離す、元の色。楽しくなって触れては離しを繰り返していると、次第に肌色から戻りにくくなってきた。それも気にせずに遊んでいると、手が顔の辺りに触れた。離そうとした瞬間、なんとその瞼がパチリと開かれた!


「わ!」


思わず体を離そうとすると、逃げ遅れた左腕を素早い動きでガシリと掴まれた。あぁ、変なものに手を出すんじゃあなかった!後悔先に立たず。その瞬間脳内に浮かび上がったのは、夢でも死ぬことはあるのか、という疑問。

何か痛いことをされるのではないかと体を強張らせているも、何もされない。恐る恐る相手の顔があるであろう方向を向くと、岩だったヒトはなんとも言えない表情でこちらを見つめていた。冷え切っているのに嬉しそうにも見える、無表情だった。


「あ、の…」


ぎゅぅ、と掴まれた腕を引こうとするも、ビクともしない。激痛というほどではないが、全く痛くない訳でもない左腕に思わず顔をしかめる。そのヒトは私の様子を意に介さず、自分の身体が色を取り戻してゆくのを見つめていた。私を掴んでいる左腕から、じわじわと浸透するように色が広がっていく。腕、肩、脚。ゆらめきだす髪。胴体が露になると、変わった服装が目に付いた。やけに露出度の高い、どこかの民族衣裳のような…。それに加えて、外国人のような顔立ち。言葉が通じるか不安になってしまう。黒い翼を広げると、少しの鉱石が剥がれた。そしてその黒色はみるみるうちに背中に消えていった。収納できるのか…。

そのヒトは私を掴んでいるのと逆の手のひらを、何かを確かめるように握っては開きを繰り返すと、漸く私にその瞳を向けた。ルビーのように赤く光る瞳。人間では有り得ないようなその色に目を奪われていると、彼はゆっくりと口を開いた。


「貴様、名は何という」

「!」


低く心地のいい声が、私の鼓膜を震わせた。それと同時に芽生えた、親近感とも、恐怖とも違う、不思議な感情。喜び、かもしれない。何が嬉しいのだろう。星と岩と暗闇の世界の中で、もうひとりぼっちじゃないこと?言葉が通じること?それとも…。


「……名が無い訳ではなかろう」

「!…あ…え、…っと、朱、です。星陵朱」

「星陵朱か…」


彼は私の名前を復唱すると、漸く私の腕を放した。やっと痛みから解放された。掴まれていたところを右手で擦ると、少し赤くなっていた。彼の方を見てみると、私が触れていなくても鉱石に戻りはしないようだった。


「あなたは…?」

「わたしの名はカーズ」

「カーズ……苗字はないの?」

「そのようなものは必要ない」

「?…そうなの?」

「そうなのだ」

「ふぅん、わかった」


納得はできないが、そういうものだと思うことにする。きっと深く考えても無駄だ。


「朱、お前に聞きたいことがある」

「なに?」

「なぜお前はこの宇宙空間で平気でいられるのだ」

「なぜって…うぅん……夢の中だから、かな」

「夢?」

「そう。いつからかは覚えてないけれど、眠っている間はいつも宇宙にいる夢を見るの」

「……ならば、このカーズは貴様の夢の世界の住人なのか?」

「うーん、私からしたらそうなるけれど…でも、違う気がする」

「なぜ?」

「…あなたのようなヒトは、一度も見たことがないから」

「……」

「夢は過去の記憶を繋ぎ合わせて作るから、知らないことを夢で見たりしないの」

「フム」

「それに、あなたは私が創り出せるヒトじゃあない……そんな気がする」


鋭い瞳が私を捉える。心のどこかで、捕食者に対する恐怖のようなものを感じた。今この姿だと人間にしか見えないが、背中にあった黒い翼のこともある。やはり違うのだろうか。一度気になるとどうしても知りたくなってしまう。


「…あ、の……!」


思い切って人間ではないのか、違うならどんな生物なのか聞いてみようとすると、突然意識が遠くなった。













「……」


むく、と起き上がる。視界に広がるのは見慣れた部屋に、ぐちゃぐちゃになった掛け布団。どうやら目が覚めてしまったようだ。寝起きなのにやけにハッキリしている意識、さっきまでの夢は本当に夢だったのだろうか。左腕を見ると、少しだけ赤く腫れていた。


「……カーズ」


代わり映えのない宇宙空間に突然現れたヒト。ただの退屈な時間でしかなかった夢の世界を、彼が変えてくれるような、そんな気がした。





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