Ghost



私の名前は星陵朱。ぶどうヶ丘高校に通っている。趣味は読書とストーカー。そんな、どこにでもいるような、ありふれた少女。


今日もあの人に会うため、いつもの夕方、いつもの電車に乗る。私が恋焦がれる人の名は吉良吉影。初めて見たとき以来、私は暇さえあれば彼の後を付いて回るようになった。所謂一目惚れというやつだった。

当然のように陣取るのは吉良さんの目の前。私があと少しで肌が触れ合うほどの至近距離にいても、吉良さんは私に気付かない。だってそういう能力だから。

私には、子供の頃から他人にはない能力を持っている。それは『他人が私を認識できなくなる』というもの。この能力を使っている間は、私の姿は他人の目に映らない。声だって聴こえないし、匂いもしない。どんなに触っても気付かれない。不思議なことに、機械も私を認識できなくなる。例えば、能力を使っている間は写真やビデオに映らないし、体温計も反応しない。

吉良さんの名前を知れたのだって、その能力があってこそ。能力が無かったらずっと遠目から見ているしかできなかっただろう。これぞ能力の悪用。よい子の皆さんは真似しないように。

暫く、吉良さんの膝の上に乗ってみたり、顔をじいっと観察してみたり。気付かれないのをいいことにいろんなことをしてみる。こんなことを毎日やっているが、まだ飽きはこない。

ガタンガタン、少しずつ電車の揺れが小さくなる。そして最後にひとつ大きく揺れて、止まった。いつもは降りないはずの駅だが、彼は鞄を手にする。それに気づいた私が膝の上から下りる…と同時に彼は立ち上がった。そして私には目もくれずにドアへ歩き出す。それを追うようにして私も電車から降りた。吉良さんの視線の先には、一人の女性。またしても手が見惚れるほど綺麗な人だった。



***



先ほどの駅からそう遠くないところにある、寂れた公園。ところどころペンキが剥げた遊具は、静かに夜を待っている。時間帯にもよるのか、子供の姿は見えない。

その公園の中でも一際人目のつかない隅の方。先ほどの手が綺麗な女性は、腰を抜かしたのか蹲っている。それを隠すように立つ吉良さんの姿。茜色の空がその影を真っ赤に染めた。

ドォオン…空に地鳴りのような音が響く。音が消えると、残ったのは先ほどの女性の手首のみであった。吉良さんはそれを優しく拾い上げ、うっとりとした目で見つめる。なんて幸せそうなんだろう。私にまで幸福感がこみ上げてきた。そんな私を知らずに、彼は恍惚の表情で頬ずりをしたかと思うと、その指を舐め始めた。…………。見てはいけないような気がして少しの間視線を外していると、彼は満足した表情をしてその手首をスーツの中に隠した。そしてそのまま何事もなかったかのように帰路についた。

私は彼の背中を見送って、さっきの『殺人現場』に向かう。先ほどから、夕日を反射してキラリと光っている銀色のものを拾い上げる。あの女性が付けていた指輪だ。なかなか高そうに見える……婚約指輪だろうか。先ほど吉良さんが手にしていた手首は左手だったはずだが、何も付けていなかった。試しに自分の中指にはめてみると、ぴったりとそこに収まった。

このまま放置するのも勿体無いし、もしかしたら捜索か何かの手がかりにされてしまうかも…。なんて言い訳を考えつつ、自分も帰路につく。この指輪の持ち主は死んでしまったのだし、その家族や恋人も知らない。吉良さんにもらったものとして大事に使わせてもらおう。



***



家に帰ろう。そう思ってどのくらい経っただろうか。知らぬ間に朝日が顔を出し、雀の声が私を通り抜けていく。まだ人の音はしない。私の家はどこ?帰る場所を失ったまま、宛もなく彷徨い歩く。

私の家だったはずの場所には全く別の家族が生活を営んでいた。学校に行ってみても見知らぬ人ばかりで、唯一見覚えのあった教師は、私の記憶よりもずっと老けたように見えた。よく帰り道に立ち寄った本屋は潰れ、新しそうな保険屋に変わっていた。仲の良かった友人の家に行ってみても、そこには老夫婦が住んでいるだけ。私は誰も知らない。

ここは本当に、私の故郷の町なのだろうか。一夜でこんな変わってしまうなんて、こんな、……。

……そうだ、学校、行かなきゃならないんだった。電車に乗って、吉良さんに会って、いつも通りの日々を過ごすんだ。



***



あの日以来、私は吉良さんの家で暮らすようになった…というより棲みついた。といっても、勝手に食事をくすねたりはしていない。不思議とお腹は空かなかったから。ただじっと、そこにいるだけ。

吉良さんが外出する時はどこへでもついて行った。学校に私の居場所はないし、家もない。することといったらそれくらいだった。何より、好きな人の姿はずっと見ていたいものだ。

あぁ、吉良さんとお話がしたい。いろんなことを聞きたい。どうして私を知る人がどこにもいないのか、知りたい。どうして、どうして。吉良さんは私を知っているのかな。いっそ能力を解いてしまいたい。けど、拒絶されるのが怖いから、現状維持でもいいやって思ってしまう。
お話したいなぁ。









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