二人の馴れ初め編 #1



名前を決めた日の夕暮れ時のこと。雲の隙間から降り注ぐ日の光が綺麗だった。


「ディエゴ〜」


ソファで丸くなっている恐竜の横に座り、声をかける。ぱた、と尻尾を揺らすだけ。この対応もそろそろ慣れてきた。
ちゃんと聞いてくれてはいると分かっているので言葉を続ける。


「ディエゴは外に出たいと思う?」


ディエゴは顔を少しずらしこちらに視線をよこした。


「もしディエゴが外に出たら、って考えたの。外で知らない人がディエゴを見つけたら。きっとびっくりする。私も驚いたし。それで大騒ぎになったら、ディエゴがどこかの研究施設に連れて行かれるかもしれない。恐竜なんて太古の昔に絶滅したんだもの、生きているとなれば引っ張りだこだよ」


続きを促すように、ペシペシと太ももを尻尾で叩かれた。


「ここから出なければ人と会うことはないから、落ち着いて生きられる。でも、それはディエゴにとって幸せなのかって考えたら、それを決めるのは私じゃないって思ったの」


動物園の動物は生活に満足しているのか?と思うことがある。安全で生の保証をされた狭い空間か、危険でいつ死んでもおかしくない広い世界か、もし言葉を話せたとしたらどちらを選ぶだろう。私だったら前者だけれど。


「外に出してあげたいとは思ってるんだけど…。もし、ここに来る前の生活に戻りたいと思ったら、いつ出て行ってもいいからね」
「……クァ」


窓の外を見つめながらそう呟くと、ディエゴがのそりと起き上がった。私の太ももに足を掛ける。……お?デレきた?と考えた一瞬!その気が緩んだ一瞬の隙を突いて攻撃は仕掛けられたッ!
顎に恐竜頭突きがクリティカルヒットッ!


「いったァッ!」
「グァ〜……」
「え、なに、なんなの?すごく痛いんだけどちょッ、」


ゴスッ。二撃も連続でクリティカルだなんて!痛さに思わず涙が。


「ウッ……ちょ、タンマ、待って」
「……フン」
「なにその勝ち誇った顔……あっなんでもないからその姿勢やめて!」


今にも飛び掛ろうとしている!あれを食らったが最後致命傷じゃあ済まないだろう。両手を上げて降参のポーズをする。すると渋々ながら普通の姿勢に戻ってもらえた。太ももに食い込んでる爪が地味に痛いけれど。……我慢だ我慢。


「私なんで怒られたの」
「クァ」
「出て行ってもいいって言ったことに怒ってる?」
「……」


ディエゴの透き通った青い瞳を見つめる。見つめる。見つめる。見つめ……あっこれ噛まれるやつだ。サッと顔の距離を離すと目の前でカチンと歯の鳴る音がした。あのまま見つめていたら鼻の風通しが非常に良くなっていただろう。噛まれたら治るまで外出歩けないよ。週1回くらいしか家から出ないが。


「……そりゃ出て行ってほしくないけどさ……ディエゴが野生に戻りたいと思ってるかもな〜って考えたら…。ずっとこの家にいるなんて半分監禁みたいなものでしょう?動物園の動物、籠の中の鳥……みたいな」
「……」
「この家にいてくれるなら私は嬉しいんだけど」
「クア」
「いてくれるの?」
「……」


プイっと顔を背けられる。じわっと胸が疼いた頃にはタカタカと駆けて姿が見えなくなっていた。流石恐竜、足が速い。





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