二人の(非)日常編2 #14



「えぇっと、次は…牛乳?」


某リンゴ社のパッドでレシピを見ながら、間違えないように慎重に料理をする。大失敗は無い…と思うけど、念には念を入れて。微妙に美味しくない料理になったらがっかりだからね。


「あとは弱火で煮込んで終わりかな」


鍋の底からふつふつと気泡が出てきて、部屋に美味しそうな匂いが充満する。鍋の中身は、白いとろみのある…そう、クリームシチュー!ゆっくりとかき混ぜていると、匂いにつられたのかぺちぺちと足音が聞こえてきた。それから間もなく目の前のドアが開いた。

緑のパーカーを着たディエゴが、顔だけをひょこりと出して鼻をクンクンさせている。気になりつつもそのままじっと見ていると、匂いの発信源を探してかこちらに近寄ってきた。…ほっぺが少しだけ鱗になっている。一部分だけってことは、前よりスタンドが制御できるようになったのかな。それとも無意識?

ディエゴはというと、鍋の中身がシチューと分かると微妙そうな顔をした。シチュー嫌いだったかな?いつも聞かないで作っても全部食べてくれるから、好き嫌いのことをすっかり忘れていた。…あ、鱗消えた。


「ディエゴ、シチュー嫌いだった?」
「…………嫌いじゃあ、ない」


ディエゴは私の問いに答えながら、ゆっくりと首を振る。この表情と反応からして、少なくとも好きではないことは確かだ。何か思うところがあるのかもしれない。…次からは作らないようにしよう。前にビーフシチューを作った時は普通に食べてたから、クリームシチューがダメなのかな。


「2人分作ったから、食べられるなら食べてくれると嬉しいな」
「…食べる」
「そう?よかった」



「熱いから冷ましながら食べてね」


私とディエゴの目の前には、作りたてのクリームシチューが、皿の上でほかほかと湯気を出しながら佇んでいる。ゆっくりとスプーンで掬い上げ、少し息を吹きかけてから口の中へ運んだ。……おいしい。

黙々とシチューを食べ続ける。ふとディエゴの方を見ると、スプーンを持った手が止まっていることに気が付いた。手をぎゅうと握り締めている。俯いていて表情が読めないが、肩が小さく震えている。


「……ディエゴ?」


心配になって呼んでみると、ディエゴはびくりと肩を震わせ、反射的に顔を上げる。一瞬だけ、怒りと悲しみを織り交ぜたようなひどい表情をしているのが見えた。その両目には、きらきらとした涙。ディエゴの瞳を見つめていると、ディエゴは自分の涙に気が付いたのか、慌てて両手で拭った。


「……大丈夫?」
「な、…んでもない……熱かった、だけ」


ちゃんと冷ましながら食べていたと思うけれど……。本人がそう言うのだから、そういうことにしよう。隠そうとするということは、あまり深入りされたくないのだろう。

ディエゴはさっさと食べ終わると、食器を食洗機に入れてソファへ向かった。シチューがさっきまであんなに残っていたのに、私よりも先に食べ終わるなんて。私もすぐに食べ終わると、食器を片付ける。静かにソファのところへ行くと、ディエゴは腕で顔を隠すようにして横になっていた。


「かあさん…」


ディエゴがぽつりと、蚊の鳴くような声で呟いた。


シチューを見てから、ディエゴはどこかおかしい。きっと私の家に来るずっと前、お母さんのことで何かあったんだ。そこに私は介入できないけれど、せめて今は、その悲しみを忘れさせてあげたい。私では役不足だろうけど…。

ソファの前に座り、壊れ物を扱うようにそっとディエゴの頭を撫でた。初めて人の姿になった時よりもずっと艶がでてさらさらになった髪が、蛍光灯の光を反射して煌めいた。

ディエゴの手が、ゆっくりとこちらに伸ばされる。その指先に自分の指を絡める。ディエゴが顔をこちらに向ける。目元が少し赤く染まっている。睫毛の先にほんの少しだけ涙が乗っていて……

ちゅ。ディエゴの唇と、私のそれが触れ合った。

思わず目を見開く。あまりに自然な動きで近づいてくるものだから、気が付かなかった。顔がじんわり熱くなってくる。

そんな私を気にも留めず、ディエゴは私の首に腕を回した。私の首元に顔を埋めてそのまま体重をかけてくるので、重さに耐え切れなくなり床に倒れ込んだ。クッションがあったおかげで頭を打たずに済んだ。

ま、待って、この状況はよろしくない。子供には不健全だ……けど、中身は20代なんだっけ。いいのか。いや良くない!だめだ、こういうのはちゃんと拒むことが大切で……。

そんなことを考えて慌てるあまりに動けずにいると、ディエゴが私をきつく締めてきた。く、苦しい。ディエゴの背中をぽんぽんと叩く。それでも動いてくれないので私もじっとしていると、さっきのように震えているのが分かった。声を漏らさないように、押し殺すようにして泣く声が聞こえる。さっきまでの混乱が嘘のように心が落ち着いた。

さっきとは違って、優しく、あやすように一定のリズムで背中を叩く。しかしディエゴの全体重が私にかけられているのでとても重い…ので、ゆっくりと私とソファの隙間に下ろした。ディエゴの腕が背中に回される。平らな額をぐいぐいと鎖骨のあたりに押し付けてくる。私の腕をディエゴの頭の下にやって、もう片方を腰に回した。所謂腕枕というやつをしている。

暫くして落ち着いたのか、泣き疲れたのか、小さな寝息が聞こえてきた。そして私は腕が痺れている。ど、どうしよう……。







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